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仕事のストレスにより体調を崩す      H.S.さん  

 オルゴールとの出会いは、以前の仕事で体調を崩し、退職した際に母親に勧められたのがきっかけです。
 以前は家電量販店向けの人材派遣の会社に勤めており、そこで人材管理の仕事をしていました。新人の育成・指導や各担当店舗での店長や社員との関係作りの為の営業、人出が足りず自ら販売で現場に立ち、一日中立ち仕事の日もしょっちゅうでした。
 上からの数字のプレッシャーはきつく、担当店舗から「人数が足りない、今すぐ誰か派遣してくれ。誰もいなければあんたが来てくれ」「来れない?じゃあもうおたくの商品売らないからね」等、断りきれない事がほとんどでした。部下のミスにより直接お客様の家に行き、謝罪する事も月に何度かありました。
 
 インターネット関係の商品販売の場合は特にクレームが多く、商品説明の際に説明文の「住宅環境次第で工事の日程が前後する事があります」等、考えればごく当たり前の事にも関わらず「そんな説明聞いていない。あんたのとこの販売員のミスのせいでインターネットが三日間使えなくなった。
 その間に株で大損したからその分賠償しろ」等、もはや非常識なほどの文句をつけられる事も多くありました。実際、そんな賠償を会社が負担するはずもなく、お客様が納得するまで何度も何度も説明と謝罪を繰り返しようやく「もうあなたが悪くないのはわかったし、あなたがそこまで言うのなら、今回は許すよ。でも、今後絶対こんなミスはするなよ」と納得してもらいました。
 基本的にはそういったクレーム対応は個人での対応が義務づけられており、たとえ休日でもクレームが解決していなければ対応しなければならず、仕事用の携帯電話は片時も手放せませんでした。実際それが元で家族や恋人と揉める同僚も少なくありませんでした。
 私も一番ひどかったのは沖縄の石垣島への家族旅行の際、前日に起きたクレームが元で行きの空港から旅行中〜帰りまで何度もお客様への謝罪と説明等で電話をしていました。今ではもはや笑い話ですが、考えると寒気がします。しかし、ここまでの経緯を伝えても自分の非を認め、本当に申し訳ないと思う部下はほんの一握りでした。もちろん、中には信頼して私について来てくれた部下も何人かいますが、大半は「こんな事起こっちゃったんでクレーム片付けて下さいよ」と、全く反省はありませんでした。
 全て私の指導力不足、営業力不足。色々と上司からも怒られましたが、なかなか上手くいかず日に日に、少しづつ、何かが溜まっていくような、積もっていくような感じが自分でも分かりました。今考えるとそれが〈ストレス〉と言うものだったのでしょう。
  しかし、現状を考えると人出も足りず、かといって会社として人出を増やす資金も「そんな売上じゃ出せない」の一点張りでした。
 そんな状況なので人の入れ替わりも激しく、通常1人当たりの担当店舗というのが2~3店舗のところ、一時私1人で関東圏の店舗を全て受け持つ事もありました。もちろんそんな状態で上手くいくはずもなく、帰りは深夜になり休日もいつ取れるかわからない、いざ休みでも一日中仕事の電話が鳴りっぱなしという状態でした。
 身体というのは正直なもので、自分としては心や精神的なものは、もはやボロボロでしたが、身体は何とかなっている、大丈夫だと思っていました。日課のように頭痛薬と胃薬を栄養ドリンクで流し込むという事をしていましたが、周りには似たような人間が沢山いたので「まあ、そういうものだ」「私が我慢すればいいんだ」「私が強くなればいいんだ」と言い聞かせていました。今思えば既に判断力が低下していたのでしょう。
 
•〜腹痛、そして病院へ〜
 
 厳しい夏を超え、上期の締めで一ヶ月ほぼ休み無しで働いた結果、特に何でもない日でしたが仕事を終え、帰りの電車の中で急に腹痛に襲われました。とても立っていられる状態ではなく、様子を見た方が席を譲ってくれましたが、座っていても冷や汗・あぶら汗が止まらず、身動き出来なくなってしまいました。
 快速急行電車の為、次の駅まで距離がありその間の記憶がほとんどありません。うっすらと覚えているのが真夏に毛布に包まっているような熱さと圧迫感・そして悪寒。腹の上をノコギリで切られているような痛み。目の前が真っ白になり、ようやく着いた次の駅で周りが霧のかかったスローモーション映像のような感覚の中でベンチを見つけ、転がるように横になりました。
 20分ほど経つとだいぶ楽になり、その日はそのまま帰りました。数日後、病院に行きましたが「急性腸炎の症状に似てるけど、今のところ特に問題無いかな。まあ…ストレス性だろうね。あんまりストレス溜めないように。じゃ薬出しときます。」と、医師は軽めに言いました。
 …問題無い?じゃあれはなんだったんだ?なぜ異常がないのに薬を出すんだ?ストレス溜めないようにって、そんな自分の意思でどうにか出来るもんじゃないだろ?等と、疑問が湧いてきました。しばらくすると痛みも引き、また日常が始まりましたが、一点、以前とは違うのがその日以来、全くお腹が空く事が無くなりました。食べようと思えば食べられるし、習慣で口寂しくはなりますが「あー腹減ったー」という感覚がまったく無くなってしまいました。
 常に胃の中に大きい漬物石があるような、重だるい感覚が続き、だんだん量も食べられなくなり、味も良くわからなくなりました。元々、特にやり甲斐や希望などというものを求めずに始めた仕事だったので、数少ない楽しみである食事さえも味気ない「ただの作業」になってしまい、もはや何の為に働いているのかわからなくなりました。
 
 そんな夢遊病のような状態で長く保つはずもなく、ほどなくして同じ症状が出ました。あまりの痛さに我慢出来ず、夜中親に救急病院に運んでもらいました。待合室で状況を見た看護師が早めに順番を回してくれて、そこまで待たずに診察を受ける事が出来ました。しかし、「うーん、症状としては急性腸炎に似てるけど、胆石にも似てるような…でも数値的には足りないし、特に異常はないかな?とりあえず点滴打っとくね」と、医者は言いました。
 
 おい、どういう事だ。またか?異常がない?これで?それともおれが痛みに弱いだけなのか?と、点滴を打たれながら痛みに耐えつつ、答えのない疑問を考えていました。その後、詳しく話を聞いてみるとある程度の異常値は見られるようだが、所謂「病気として判断する基準値に達していない」という事らしい事が分かりました。 
 そんな馬鹿な。それまで「医者は神ではない」という事を理解はしているつもりでしたが、ここまでルールに縛られているのかと落胆しました。所詮、医者も仕事なのかと。それから三日間寝込み、その間も仕事の電話は鳴り続け「おたくの会社ではお腹痛くなると休めるんですね、いいですね。羨ましい。」等、担当店舗から嫌味を言われたりしました。
 何とか4日目から仕事に行きましたが、そこでの上司の第一声が「大変だったろうが休む時期は考えてくれ」と言われた事で、何か私の中の常識というか、会社•仕事に対しての信頼感が崩れていくのを感じました。確かに会社に取って私はただの歯車の一つに過ぎないのかもしれない。でもそれはあんまりじゃないか…何の為に今まで耐えてきたんだと、怒りよりも落胆、呆然としてしまいました。
 その時に退職を決意しました。もちろん冗談半分だったとは思いますが、そう言わざるをえない会社の状況を思うと、もはやこんな身体の状態では私はやっていく自信がありませんでした。それまでも何度か上司から「今おまえがやっている仕事はちょっとやそっとの覚悟では出来ない。今のおまえの力量だと難しいだろう。そしておれも以前ならまだしも今は自分で手一杯だからおまえを助ける事は出来ない。今の何倍も成長するか、辞めるか決めてくれ」と言われており、結果として今回の件が引き金となり、もはや深く考える力も無くなっていた私は、言われるままに退職しました。
 
•〜退職後、無気力な生活へ〜
 意気消沈していた私は何もやる気が起きず、一日中何もしない日が続きました。自堕落な日々というのは過ぎるのが早く、一ヶ月・二ヶ月とみるみる過ぎていきました。家にいても何もやる気がせず、一日中眠くてだるい。食事もまともに取れず、一日三食だったのが二食、二食が一食と段々少なくなり一度に食べられる量も減ってゆき、体重も減少していきました。
 外に出ても物欲や物に対する価値観が薄れてゆき「よく考えたらそんなに欲しくないし、すぐ飽きるだろう。どうせゴミになる。捨てるのさえ面倒だ」と、買い物もあまりしなくなりました。友人からの誘いも段々億劫になり、予定を延ばしたり断ったりする事が多くなりました。
 人と会うとどうしても気を使ってしまい「話を盛り上げなければ」とか「相手が笑顔になるように。相手がつまらなくないように。相手が不機嫌にならないように。相手に嫌われないように…」と、どんどんエスカレートしていき、そんな事を考えるうちに「そんな思いをするぐらいならもう誰とも会いたくない」と考えるようになりました。
 それは仲の良い人間ほどその思いは強くなっていきました。人と会うとどうしても自分を2倍も3倍も良く見せてしまう。無理をしてでも人に良く思われたい。他人に嫌われるのがいやだ。相手は自分の事をどう思っているのだろう?何をして欲しいのだろう?何を求めてるのだろう?今何を考えているだろう?
 …相手の表情や雰囲気を注意深く見ていくうちに癖になってしまい、本来そこまで気を使うべきでない時でも色々気になってしまうようになってしまいました。相手との話の中でも、「なるべく相手の意見に沿うように」もしくは「相手に良く思われるような意見を」と、そんな事を一人で考えていると次から次へと「こういう見方もあるんじゃないか」と違う意見が出てきて結局「自分自身の意見•意思とはなんだ?自分はどうしたいんだ?何が出来る?何も出来ないんじゃないか?」と、自問自答する事が多くなりました。
 八方美人でいる事は非常に気分は良いですが、実際はどんどん「自分自身が薄くなっていく」ような感覚です。自分自身が薄く、柔らかく、さらっとしていてべたつかない。こだわりの無い、他人に深く関与しないようなスタンスでいると、何事にも責任感が無くなり、自分自身のプライドも無くなっていくような感覚です。常に相手に対して良い面を見せるように精一杯取り繕い、そして一人になった時にドッと疲れと空しさが出てくる。もはやこの状態が良いのか悪いのかもわからなくなってきました。世の中には「偽善」という言葉がありますが、私は一応「偽善も善」だと思うようにしています。しかし、それをする事により自分自身が「疲れる、嫌になってくる、面倒くさい、でも気になってしまうからどうしようもない」と、またループしてしまいます。
 そういった意味では退職してからのこの一年で、「思慮深くなった」と言えば聞こえは良いですが「別に考えなくても良い事を考え込んでしまう」ようになったと思います。本来はどちらかというと直感で動くタイプだったのですが、今は大して良くない頭で考えようとするので、時間がかかり、反応も悪くかつ大して良い答えではない事もしばしば。
いっぺんすべての性格をリセットしてやり直せたらとも思いますが、30年間で作られた性格はなかなか直せるものではなく、太い鉄パイプのように変わってはいっても一旦曲げられた部分は元には戻らない、そんな感じがします。
•〜そしてオルゴール療法へ〜 
 そんな、一日中伏し目がちで何かを考えているような、何も考えていないような状態の私を、母は「鬱病ではないか」と考えていたでしょう。私自身どこからが病気というラインはわからないですし、こんな状態の人が病気というのであればほとんどの人が鬱病となると思っています。
 でも母の心配もよくわかるので、なるべく心配をかけないようにと振る舞っていたつもりですが、親に隠し事は出来ぬものです。少し体調が悪くなったり、事ある毎に「オルゴールを枕元に置くと良い」「お腹にかかえると」「膝につけて」等、勧められました。
 当初、私は母が「オルゴール療法」というものをしているのは聞いていましたが、実際内容はあまり知らなかったし、特に興味もありませんでした。「オルゴールで病気が治る?」「何か騙されているんじゃないか?」等の、疑いのような思いはあまりなかったのですが、「母は母、私は私」と、分けて考えていたので断っていました。何より、信じる信じないよりも「何かをしなければならない」というのが面倒だったんだと思います。
 
 仕事を辞めてから月日が経ち、何事にも無気力な私に「仕事としてオルゴール療法に関わってみる気はないか」と言いました。最初はそこまで深く考えず、「母親の紹介もあるし、知り合いもいるし、話はある程度聞いているので別にそれもありかな」という程度でした。それをきっかけにオルゴール療法の本を読み、話を聞き、実際に何度か療法を受けていくうちに、感覚的に「ただの音楽として聞いているだけのオルゴールとは何かが違う」と思い始めました。
 私自身に何か「痛みが取れました!」「こんな事が出来るようになりました!」等の効果はまだ感じていないのですが、実際に聞いてみると間違いなく体に対して何か良い影響を与えるであろう事を感じます。上手く言葉では伝えられないのですが、感覚的に何か魂を揺さぶられるようなと言えば大げさな気もしますが、そんな感じを受けます。そして、そこに対してのあくまで現実的な、科学的な領域での説明もあり、非常に納得する事が出来ました。何より、疑いようのない程の症例や、周囲の声。「人の手助けをする事で自分が生きていけるのなら、こんなに胸を張れる事はない」と、思うようになりました。
〜感動した事〜
 〈感動〉というほどの話ではないのですが、私自身がオルゴール療法を体験した話です。私自身はそこまで大病を患ったとか、すごい事故にあったとかは無いので軽い事ですが、 2011年、仕事中に出先の千葉で大震災に遭い、そこから買ったばかりの革靴で6時間程歩いて池袋の会社に戻ったところ、それ以来右膝を壊してしまい、冬になると痛くて走ったり階段の上り下りが辛かったのですが、気付いたら最近痛くないようです。
 まあ、これには色々治る要因もありそうなので反論もあると思いますが、一つ自分の中で決定的なのが、今このレポートを書いていて気付いたのですが、この文章を書いている日は療法用のベットでオルゴールをしっかり聴いた日か、私自身が療法の為にオルゴールを鳴らした日なのです。
 それも少々鳴らしただけというわけではなく、手廻しのオルガンを何回も弾いた日のいずれかです。それ以外の日はまったく文章を書く気がせず、パソコンの前に座ってもまったく文章が思いつきませんでした。しっかりオルゴールを聴いた日は、帰りの電車等で文章が思いつき、携帯電話に打ち込みながら帰りました。
 完成まで3週間も掛かりましたが、実際に文章を書いた日は3〜4日です。そのいずれも上記のようなオルゴールをしっかり聴いたという以外、特別な事はしていないのです。これが脳の血流が上がったという事なのでしょうか?他の方と比べれば大した事のない体験ですが、この点に関しては自信を持って話す事が出来そうです。
〜今後どういう風に取り入れていきたいか〜
 今後、オルゴール療法というものを知った事により、自分の生活にとって一つの指針というか、ボーダーラインの様なものが出来た気がします。通常であれば気にせずにしていた電化製品や電波の通信環境。衣服や住環境・食物に至るまで、今までは意識せず「必要かどうか」「自分が好きかどうか」等で選んでいたものを「それがどう自らに影響するのか?」を考えるようになった気がします。
 今までも健康…内面よりも外見に対してのですが、かなり気にして肉や油を控え野菜を摂り、乳製品やサプリメント等を積極的に多用していました。「足りない」と思う場合には野菜ジュースや黒酢ジュース等もかなり飲んでいました。…今考えるとそれで健康になったのか、元気になったのかというとそうでもなかったのかなと思います。肉を控えたり野菜を多く摂ったりするのは良いと思いますが、ジュース類は色々書いてはありますがあくまでも「ジュース」なので、取り過ぎはむしろ健康を害するだろうし、佐伯所長曰く「口で噛まずに飲んだだけのものからは栄養素はあまり吸収出来ない」との事。
 サプリメントも同様で、日常的にビタミン剤等を飲んでいましたが、正直そこまで大幅に何かが変わった様子は無かったように思います。どちらかというと毎日摂っていた事で、時間が無かったり忘れたりで飲まなかった時の心理的な喪失感の方が大きかった気がします。
「どうしよう、今日はビタミン剤を飲んでいない、野菜ジュースを飲んでいない、ヨーグルトを食べていない。何だか肌が荒れている気がする。爪の色も悪い気がする。」等、普段だったら気にならないような所まで気になるようになっていました。今考えるとそれは総じて体調の変化、ひいては血流の良し悪しなのだなと。冷静に考えれば、朝一度でもそれらのものを摂らないだけで体調が大幅に悪くなるとは考えにくいのですが、体調や気分が悪い時はそういう風に考えてしまいがちです。
 現在はまだ勉強中の身ですが、以前よりも身体の事や、このオルゴール療法についての事を少しづつ理解し、環境や食物が与える影響に負けない身体を作っていこうと思っています。もちろん、出来るだけ無駄なものや悪影響のものを排除していきますが、現代に生きるものとして、どうしても携帯電話や電車・車等、切り離せないものもあります。
 本来なら裸でジャングルにでも住めば健康になるのでしょうが、なかなかそうはいかないので…。佐伯所長の言う通り、出来るだけ避け、あとは身体に「抵抗力」をつけていこうと思います。そして、自らが得た知識と、不安や苦痛が緩和された時の体験や想いを今後様々な方に伝えていこうと思います。
 私はこのオルゴール療法を「理解に無理がなく自然の流れとして受け入れやすいもの」そんな風に感じました。ただ「オルゴール」という部分が人に受け入れ難い部分であるだけで、そこさえ理解出来ればまったくもって自然なものだなと。
 佐伯所長曰く「物の本質を見極めなければ次代に残る事は出来ない。このオルゴール療法でいえばそれは〈響き〉だ。〈オルゴールだけ〉に囚われていてはだめだ」と。まさにその通りだと思います。
 まだまだ勉強中ですが、一人でも多くの人の助けになればと思います。実際に助けを求めている人はもちろん、自らの苦しみに気づいていない人も含めて。 2013年 2月25日 H.S.さん