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オルゴール療法士短期養成講座 終了レポート

オルゴール療法との出会いと経過
2012年11月13日、初診。CTによる暫定的診断、子宮内膜症および子宮筋腫。桂枝茯苓丸と四物湯を処方。
2012年12月4日、MRIによる診断、子宮筋腫をともなう重度の子宮腺筋症。医師からは子宮摘出手術をすすめられるが即決せず。とりあえず貧血治療のため鉄剤を処方。
2012年12月20日、オルゴール療法研究所横浜支部にて初回の個別療法。
2013年1月31日、オルゴール療法研究所東京本部にてセミナー参加。
2013年2月9日、横浜支部にてはじめてのグループ療法。これにより腫瘍マーカーが低下。
2013年2月16日、レンタルのオルゴールが自宅に届く。
2013年3月27日、子宮頸がんおよび子宮がん検査(細胞診)。
2013年4月16日、購入したローズが自宅に届く。
2013年4月17日、横浜支部で集中的なオルゴール療法を開始。週に3-6日のペースで療法を受ける。
2013年5月1日、細胞診の結果、子宮頸がん異常なし。子宮がん検査細胞診疑陽性のため再検査(組織診)。
2013年5月15日、組織診の結果、異常なし。医師より治療不要と告げられる。要経過観察。
子宮腺筋症になった直接の原因はわかりません。長年の海外暮らしの中で正しいことをしてきたという思いがありました。とはいえセラピストとして働きながら高等教育機関で学びつづけるのは精神的にも肉体的にも決して楽なことではありませんでした。
 睡眠時間は3時間ほどにけずられ、食生活も乱れ、追い込まれた状況からストレスの高い生活をつづけたのがいけなかったと思います。それでも当時はもっとやらなければと感じ、自分の能力の限界がみえていませんでした。思いかえせば甲状腺機能も不安定で機能亢進と低下をくり返していました。2010年、半年くらい休もう、とひと休みのつもりで帰国した後からだがだるくなり、立ちくらみが頻繁におこり、次第にやる気も失せていきました。病院で調べるほどではないと軽く考え、病気の兆候を見逃し、市販薬の鉄剤を飲んでごまかしていましたが体調は
さほど改善しませんでした。帰国後の数年の間に貧血はかなり悪化し病状も進んでいたと思います。
 2012年の夏頃、長期におよぶ不正出血がありましたがこれを放置しました。市販の鉄剤を飲んだりやめたりを繰り返しても貧血症状が改善しないため、昨年11月、とりあえず検査だけ受けておこうと重い腰をあげました。最初におとずれた婦人科でMRIによる診断は重度の子宮腺筋症でした。すぐに手術をすすめられましたが即答をさけ、鉄剤と漢方による治療をはじめました。その後まもなく二件目の医療施設となる、漢方センター常設の統合医療クリニックにかわり、今年になり細胞診、組織診などのがん検査を受けました。
 昨年12月に診断がついた頃、インターネットで子宮腺筋症に効果的なセラピーを検索していると、この疾患にオルゴール療法が効くというウェブサイトに行きあたりました。そこからオルゴール療法研究所のホームページにアクセスし、院内課外活動のオルゴール試聴にたどりついたのです。ネット上といってもオルゴールの音色は力強く、理屈ぬきにすばらしいと直観しました。オルゴールを聴いている間、足先が温まり生理痛が遠のいていくのがわかります。
 からだ全体が温まると真冬なのに汗ばんで気分も高揚してきました。療法を受けるためには当日フェースタオル持参とあったのをみて、てっきり汗をふくためだろうと思ったのを記憶しています。今度は別の音と比べてみようと思い、インターネットでクリスタルボールの音を聴いてみました。みるみるうちにからだは冷えて生理痛も戻ってきました。気分が悪くなったので、あわてて先ほどのオルゴールのサイトに戻り聴きなおしました。
 一転してからだは温まり痛みも遠のいて気分がよくなりました。ネット上で粗悪な内蔵スピーカーをとおして聴いても効果絶大なのだから、実物はそれを上回るに違いないと感じ、最寄りの元町にある研究所に予約をとらせていただきました。
2012年12月、母につきそってもらい、横浜の研究所において初回の個別療法を受けました。阿左美先生のご指導のもと、机に寝てはじめて聴くさまざまなオルゴールの生の響きは強烈でした。わずか30分という演奏時間はそれまで体験したことのない濃密なひとときとなりました。
 研究所を出ると左の耳下腺がはれていましたがこれは浄化作用による、よい兆候であると手応えを感じました。その後うつ症状、イライラ、動悸などを繰り返し心身ともに上向きになるのを待つこと約1ヶ月、年が明けた1月末に東京本部のセミナーに参加しました。ここでも大型のオルゴールを聴いていると浄化されるのを感じ、ぜひ療法をつづけたいと思いました。
 2013年2月、レンタルのオルゴールが自宅に届きました。自宅は横浜の研究所に近いため徒歩でも通えます。グループ療法をすぐに受けたいと思いましたが、遠方にお住まいの研究所に通えない方々のことを思うと、足を運ぶことがためらわれました。初回の個別療法の際に購入したCDブックを読み返すと、二ヶ月後の変化など記されていたことから、しばらくローズだけを聴いて実験的な変化をみようと決め、毎日5-8時間ほど一生懸命聴きました。
 しかしながらこれは脳幹刺激の強い聴き方を知らなかったせいで素人療法となり、一ヶ月半後には通常の脈拍60が40に下がり意識もぼんやりした状態になりました。長い間たまっていた疲れが一気に出たためか、低下ぎみだった甲状腺が影響したのか、原因は不明です。4月中旬に購入したローズ配送のご連絡を櫻先生からいただいたのを機に、阿左美先生に電話でご相談して横浜の研究所にうかがうようになりました。
 2013年4月中旬、本格的なオルゴール療法を開始しました。グループ療法に通いはじめた3日間の初日に机でオルゴールを聴きながら、わたしはオルゴール療法の効果をどうすれば臨床実験で証明できるのかを考えていました。そう考えていると佐伯主任のオルゴールのあつかい方など気になります。横になったまま主任の手もとに目をやっている間も臨床実験で使用するオルゴールの機種や被験者、対象施設、研究手段、測定法、および盲検法など頭の中は分析でいっぱいです。
 研究生だった頃にしみついた習慣が脳に悪影響を及ぼしていたことは明らかでした。自律神経がうまく作用せず、脳がゆったり休むということができなくなっていたのです。この三日間で横浜の研究所で強い響きを体感すると緊張がゆるみはじめました。二ヶ月足らず前のできごとですが、ずいぶん昔のことのように懐かしく感じます。
 5月1日の検査結果までの集中療法中、癒されていく過程において、肉体よりも先に精神に蓄積していた問題が一つずつ表層に浮いてはとりのぞかれていきました。
 からだが幾重にも重なる層からできているとすれば、どの層にもオルゴールの響きは届いて効果をもたらしました。研究所で療法を終えた後、バス停まで何とかたどり着いて帰宅すると、そのままベッドに倒れ込んで眠りました。
 そんな日々を送ることを自分に許したのはいつ以来だったでしょうか。他のことは気にせず眠りつづけました。肉体が細胞レベルで立て直されていくスピードについていくのが精一杯だったのではと思います。自我や自意識に邪魔されないよう眠らされていたのかもしれません。その頃、夜眠っていると夢の中で過去を再体験しました。
 オーストラリア滞在中の大学時代、期末試験や論文提出の期日があと一週間という切迫した状況の中「もうダメだ」「もう間に合わない」という悪夢にうなされ目がさめました。心臓の拍動は異常に高鳴り呼吸ができません。飛びおきてもう終わったことだと自分自身に何度もいい聞かせましたが、この夢はたびたびわたしを襲いました。
そうやって古いもの、要らないものを一つひとつ手放していきました。
 現在では精神的にゆとりが生まれ、これまでの生活をようやく冷静にふり返れるまでになりましたが、オルゴール療法を受ける以前は過ぎたことをふり返るなど無意味なことで嫌悪しました。若い頃から20年以上にわたり、人生は修行だと思っていました。
 人として生を受け、健常に生まれ、毎朝作業所で手にマメをつくりパンをやく障害者の何倍も努力しなくてはならないと心にきざんでいました。二十代は死生観をどうとらえるか、また人として同じ間違いをくり返さないための生き方を模索した時期だったと思います。欲をすて、十字架を背負う殉教者のように生き、ひとたび人の役に立たないと判断したものにはいっさい興味がもてませんでした。
 歪んだ美学とは執拗で恐ろしいものです。ある時グループ療法の最中、この古い思い込みがからだから離れる劇的な体験をしました。人生をコントロールしていた呪縛から解放された瞬間です。これは大きな大きな収穫でした。
 翌日研究所に向かう途中、元町を歩きながらふと通りに目をやると何倍にも視界が広がり、抜けるような青空をすみずみまで見渡せる自分がいました。目に映る世界の輝度も40ワットから200ワットに上がり、街のすべてに生き生きとした躍動感がみなぎり、きらきらと美しく輝いていたのです。
 時間軸と空間軸が矯正され、三次元でのステージがグンと上がったような新鮮な感覚でした。細胞の一つひとつで今この世界に生きていることを実感したのです。またある時には療法中、アンティークのオルゴールを聴いていると、一度は志した音楽の道を十代で断念したことなど思い出し、こうしてまた芸術の世界に導いていただいた佐伯所長に心の底から感謝しました。
 その時「浄化のなみだ」という言葉をはじめて耳にし、交感神経から副交感神経に移行する時におこる現象であると知りました。
 5月1日になり細胞診で疑陽性という結果を聞いてすぐに組織診を受けました。医師からは、細胞診の結果がどうであろうとホルモン療法か掻爬術など「いずれにしても何かします」と告げられていました。昨年にくらべ、症状は明らかに改善していました。痛みが消えていたのです。周期も改善し普通の生活ができるので問題なしと医師に告げても相手にしてもらえませんでした。
 そのためわたしは、セカンドオピニオンをとるための時間稼ぎにしばらく海外にいくふりをして、そう医師に伝えると「やってから行けるでしょう?」と軽くかわされてしまいました。冷房のきいた検査室へ移動し、服を脱いで立ったまま30分近く待たされると、足も冷えきって青くなってきました。女性疾患に冷えは大敵です。その矛盾を直訴すると医師はわたしの機嫌をとりました。検査終了後、併設した薬局で漢方医と婦人科医からだぶって薬が処方されたため、処方箋の書きかえを願い出ましたが、余計な時間を要するためにあきらめました。処方箋を書きかえればすむ問題でもありません。
 病院内のカルテはデータベースで共有され、各部屋に内線も完備されているのに生じた間違いは目にあまり、是正するよう薬剤師に強く求めてその場を去りました。どうやら第三者の薬剤師をまき込んだのが功を奏したようです。後日組織診の結果は異常なし、治療不要と告げられ、当初の治療計画は不要であったことが判明しました。
 薬剤師とのやりとりがなければ、不当な治療を施されていた可能性が高かったのです。医師が患者にしかけたマインドコントロールは、傍聴者がないため録音でもしない限り証明できません。愚痴めいてしまいましたが、患者本位でない統合医療の体制には失望しました。
 以前は子宮腺筋症からくるひどい生理痛のせいで、丸二日は何も食べられず寝込んでいましたが、今年5月には周期も正常に戻り激痛から解放され、外出を楽しむまでになりました。組織診に異常なしということで、阿左美先生のすすめもあり、認定講座を受講させていただくに至りました。
 医師の思惑どおり掻爬術などされていたら6月の講座参加はまず無理だったことでしょう。こうして一連の流れがスムーズにはこんだのも、集中的なオルゴール療法と療法を施していただいた横浜支部の先生方のおかげに他なりません。オルゴールをとおして、流れに身をまかせる、流れにのる、ということを体験的に学びました。オルゴールの恩恵には、本当にはかり知れないものがあります。
 オルゴール療法士養成講座を受講して国内外でさまざまな自然療法を学び実践してきたわたしにとって、オルゴール療法の効果は他に類をみない体験でした。前述したように、初回の個別療法の時点で補完代替医療の他のセラピーにはない確かな手応えを感じました。
 とうてい他とは比較にならない、次元の違う療法だったのです。オルゴールの「根幹療法」という用語は、医療や他のセラピーとはアプローチがまったく異なることを実に的確にあらわしています。この療法は安全で副作用の心配がなく、診断により病名をつけなければ治療ができないという稚拙なステップを省くことができます。
 自然療法の場合、ホメオパシーや、多少なりとも毒を薬にかえるという発想の上に成りたつ薬草治療などすべて安全とはいいきれません。近年ホメオパシーによる乳児の事故死がありました。
 西洋の薬草治療においては、医師から処方された薬剤との併用からおこる副作用はデータ不足で予測がつかないケースが多く、限られた症例件数とセラピストの経験値に頼る以外にないため、リスクが最大限に及ぶ可能性を考慮した対処法を迫られます。しかし安全策だけに気をとられれば結果が出せず、効いているのかどうかわからない、気休め療法に陥ります。
 またカゼの場合、薬草やビタミンなどを処方し症状緩和のための「対処療法」がとられ、難病は長期的治療を要すという観点からぬけだせず、顕著な症例もすぐにわたしの記憶には上りません。これに比して、オルゴール療法には突発性難聴、関節リウマチ、橋本病、紫斑病など難病の改善症例があるという事実は画期的なことです。
 アマゾンなどの原生林に存在する低周波から高周波をもつオルゴールの生の響きは、生命中枢である脳幹および視床下部の血流を促進して心身の恒常性をとりもどすようはたらきかけます。人間のからだは神経、血管、リンパ管でおおわれ、全身にはりめぐらされたネットワーク上で神経系は機能し、血液は酸素と二酸化炭素の運搬をし肺でのガス交換がおこなわれ、リンパ組織は免疫応答に深くかかわっています。
 脳幹は中枢神経系を支配する器官の集合体の一部として主に心臓と肺をコントロールする生命中枢であり、脳幹が機能を失った「脳幹死」はやがて大脳の機能を失い「全脳死」に至ります。視床下部は自律神経、抹消神経、代謝、ならびに体温調節をつかさどる機能をになうことから、多種多様な疾患や症候群に関与する脳の部位といえます。
 後述する難病といわれる内分泌系疾患や自己免疫疾患などはこれら脳の中枢部と密接なかかわりがあるとみることができます。このように脳とからだの関係を考察した上で、オルゴール療法は、響きが脳の中枢部を刺激し血流を促進することにより免疫力を上げ、自己自然治癒力を引き出す優れた療法であり、物理的な療法として、わたしたちに本来そなわっている「恒常性」をとり戻す予防医学として期待されています。
 現代医学において脳の医学検証には限界があり、アルツハイマーパーキンソン躁うつ病をはじめとする多くの脳疾患や障害には決定的治療法がありません。
 またホルモン異常からくる疾患治療もほとんど進歩がみられないままです。内分泌系器官を生理学的にみて多くの場合、ホルモンなどの化学物質は促進と抑制の二つの作用でコントロールされています。コントロール機能は正と負のフィードバックシステムにより監視されており、それぞれの器官をつなぐループ(環)の最高中枢は視床下部となっています。
 現代医学によるアプローチの大きな間違いはこの司令塔を正すことをせず、まず投薬治療でさじ加減をしてから、器官の細胞を破壊するなどし、ダメなら切りとるという、器官本来の機能を失わせる手法に頼っています。疾患を治癒させるための器官破壊や摘出後のホルモン充填療法は、患者を二度と本来あるべき健康な状態に戻すことにつながりません。
 ホリスティックアプローチでは、ホルモンは相互作用しているためループの中にある器官を一つでもとり除けば、内分泌系全体のバランスを失い他の器官に影響を及ぼす可能性を考慮します。
 これに加えて医療現場における最大の過ちは、患者を粗野な分業制であつかうことです。主訴がだるいや眠いなどの何気ない症状ではじまる甲状腺機能低下による橋本病の場合、カゼ、過労、怠け病などにかたづけられ、内科では見逃されがちです。
 怠け病といわれれば患者は自分を責めてしまい、再受診まで余計な時間を要します。病院では婦人科や神経科にまわされ、ついにはたらいまわしに合い発見が何年も遅れる場合もあります。甲状腺機能亢進のグレブス病というのも橋本病と表裏の関係にあると思うのですが、西洋医学ではこの二つを別の病気としてあつかいます。
 ループの司令塔である視床下部を正すという根本的概念を欠いていることが、これら甲状腺の病気の根治を困難にしているようです。
 病院の外来におとずれる患者が女性の場合には、免疫異常からくる難病の発症率が男性より高いことを念頭において初診にあたるべきです。だるくて疲れやすい程度の自覚症状で、はじめから患者が内科ではなく内分泌科を受診することはありません。
 余談になりますが、最近わたし自身も婦人科でついでに甲状腺ホルモン値を調べてもらおうとお願いしたところ科が違うとあっさり断られました。内分泌科の項目を婦人科でオーダーすると医師または病院経営者にペナルティーが課されるのでしょうか。
 婦人科というのも同じ視床下部のループ中にある器官をあつかうはずなのに、ばかげた話です。注射針で皮膚をさす血液検査が一回ですまないのも、ある意味では倫理に反する医療過誤といえるかもしれません。患者が医師より物知りでなければまともに診てもらえないという現在の分業体制を撤廃すべきです。
 話がまた少々それましたが、今回の講座で研究所の症例について学びながら、オルゴール療法の根幹療法は最高司令塔の視床下部の血流を促進し機能を正すという原理にもとづき、なぜこの療法がループの乱れよって生じる疾患の治療を得意とするのかよくわかりました。副腎ホルモンの異常からくるアトピー性皮膚炎が全治するのはまことに理にかなったことです。
 医療体制や医師としての姿勢を問うばかりではいけません。今回の講座では初日にセラピストの心得を教えていただきました。最初の心得として、クライエントの悩みや苦しみを救いたいと願うことの大切さが説かれ、セラピストのあり方をあらためて認識しました。
 言葉で安直に同調してみせればクライエントは去り、心から願えばセラピーは80%良好ということです。目の前にいる人の苦しみを理解するという意味をとり違えている人は案外多いかもしれません。長年セラピーをしていると自己を律する意識がうすらぐ人もあると思います。初心忘れるべからず、わたしはつねづね「100人いれば100の痛みがある」と思っています。一つひとつの痛みはその人自身のものであり、100の痛みがそこにあるということがわかり、受けとめられる器を維持できるよう心がけています。
 また所長の講義から学んだことの一つに、感性を磨くことの大切さがありました。目にみえない何かを信じる信じないというと信仰の分野となり、祈りの効果や手あて療法について延々と議論するようなものですが、実際にオルゴール療法を受け入れられるかどうかの判断基準を決めるのは、その人に「感性」があるかないかに尽きると思います。
 感性が低い、もしくは感性がないに等しいとすれば、すぐさまオルゴール療法を受け入れるのはやはり無理だと思います。では一般に感性が問われる音楽の世界はどうでしょうか。音楽療法というと近年もてはやされていますが、現存のアプローチには根本療法という概念が欠落しています。
 たとえ流行の力を借り、学者が心理学と音楽療法をむすびつけて新分野の開拓にみせかけても、しょせん学者に感性がそなわっていなければ本質から遠ざかるばかりで、非常に幼稚なやり方に気づかず不毛な議論を重ねるだけです。
 子供たちがあみ出す日々の遊びのほうがよほど創造性に富んでいて高尚です。また十分な感性をもたない人により選曲された趣味に合わない楽曲を音楽療法CDで聴く、あるいは聴かされるというのもこの上なくつまらないことです。それならグレゴリオチャンティングを聴いたほうがむしろ心身の清浄につながるでしょう。所長のいわれるとおり、真理のないものは残らないのです。
 これらの音楽療法と銘打つ表面的音の世界には医学検証の余地はないとわたしは思います。一方オルゴール療法は、脳の中枢部である脳幹と視床下部を刺激し血流を促進することにより心身ともに正常にするという原理からもわかるとおり、音そのものより「生の響き」の要素が中核をなしています。
 人間の可聴域は20から20,000ヘルツといわれていますが、オルゴールには3.75ヘルツという低周波から102,000ヘルツという高周波に至るまでの幅広い周波数が計測されています。楽器の音色などの音質は倍音の構成によるもので、倍音は基音の整数倍の周期で発生します。この
 倍音により和音や音階が誕生しました。ここでの貴重な発見は、音響学会による主張にあるように一般に倍音は基音より下にのびない、上のみであるといわれるところ、3.75ヘルツという低周波がオルゴールの倍音による周波数として計測されたことです。所長によれば、地球の表面はリンゴの外皮にたとえられ、残りはすべて超低周波のマグマからなり、超低周波から高周波までの生の響きが地球には存在するということです。
 計測された102,000ヘルツという高周波もオルゴールの倍音によるものです。このようにオルゴールのもつ低周波と高周波が織りなす例えようもない生の響きの美しさは、スイスという国の自然環境、および卓越した技術者による大自然と職人魂の結晶であるといわざるをえません。
 人間の脳はいまだに謎に満ちた未開の領域です。だからこそ21世紀に至っても多くの関心を集め、わたしたちの研究心を駆り立てます。響きの研究はたんなる裏づけとしての狭義の科学検証の域にとどまらず、人類の歴史よりもはるか太古より存在する自然界の響きにさかのぼります。
 自然界の「生の響き」には、人類が先々挑むことになるであろう科学的解明の余地、医学検証の可能性がはじめからそなわっていたかのようにみえます。原初より地球に存在する生の響きはすべてを内包しており、悠久の時を経て、かなり遅れてこの惑星に足を踏み入れたわたしたち人類に解明の楽しみを与えているのかもしれません。
 こうしてみると科学的解明とは万物創造の遊びの部分にあたり、いつも好奇心旺盛で生命力に満ちた子供たちの宝探しのように、謎を解くおもしろさにあふれています。万物の根源をなすといわれる元素でさえ謎解きのパズルとしてもたらされたといえるでしょう。響きと生命科学という未来の研究分野に期待を寄せています。
 さて今回の講座内容に関することではありませんが、この章の最後に、オルゴール療法に出会って感動した体験についてつづらせていただきます。
 今年1月末に東京本部のセミナーに参加し、はじめて所長にお目にかかりお話をうかがうことができたことは、特筆すべきかつてない最高の感動体験でした。海外には型にはまらない優秀なセラピストや教育者が多いのは確かですが、これほどまでに洗練された知性と行動力のもち主にまさか日本でお会いできるとは夢にも思いませんでした。
 源泉から流れ込む真理について語られる所長のお言葉一つひとつに耳をかたむけていると、オルゴール療法に対する強い信念と長年のご経験にもとづかれた絶対的な自信をうかがい知ることができます。この時のセミナーで将来の展望について語られた内容には、啓示的とさえ感じられるものもありました。
 また同時に、科学者のようにオルゴール療法の医学検証の必要性を説かれるお姿は、療法を発見された後にも大変なご苦労があったにもかかわらず、それを微塵も感じさせない豊かさをそなえた聖人のようにみえました。たゆまぬご努力とこれまでに積まれた研鑽にはただただ頭がさがる思いがいたします。
 所長の優れた審美眼が、今日のオルゴール療法の礎となっています。三日間の認定講座をとおして、多岐にわたる知識とご経験を惜しみなく愛情込めて与えていただきました。これは何ものにもかえ難いことです。
 本当にありがとうございました。またご尊顔を拝しにうかがうのを楽しみにしております。
海外の補完代替医療事情 オルゴール療法の今後の展望オルゴール療法の将来的展望の一環として、滞在経験のあるイギリスとオーストラリアの補完代替医療事情について主に記述させていただきます。しばしおつき合いいただけると幸いです。
 1996年から数年居住したイギリスでは、アロマセラピーを学んだ後、終末期医療の緩和ケアへの関心からホスピスを視察しました。当時日本のホスピスは十分に機能しておらず、完全に立ちおくれていました。イギリスといえばホスピスの草分けです。ロンドンの自宅から近いセントジョンズホスピスの庭の芝生で、車いすの患者たちが日光浴している姿は美しく、少し離れたところからその光景を眺めるのがわたしは好きでした。そこはビートルズで有名なアビーロードのすぐそばです。
 知り合いのフルート奏者とセントジョンズホスピスを訪れ、イベント運営担当の理事に面会しました。建物内の教会は重厚なつくりで、看護士はテキパキと笑顔で仕事をこなしていました。尊厳ある手あつい看護を受ける患者をみて天国のような場所に感じました。
 理事によると、アロマセラピーなどの緩和ケアを週末期医療の患者が受けられる状態にはないというのが実情で、地下にセラピールームはあるものの、患者の家族が対象となり実際のニーズはゼロに近いようすでした。同行したフルート奏者にはレクレーションルームを利用して患者対象にゆっくりした曲を選んだミニコンサートならぜひ、というよいお返事をいただき後日実現しました。終末期医療の現場でフルートの音色はすんなり受け入れられたのです。
 歴史的にヨーロッパの薬草治療は宗教的弾圧を受け、イギリスの主婦など女性たちの手によりかろうじて守られ民間療法として生き残りました。イギリスではハーブやアロマセラピーが人々の生活の一部として古くから根づいています。
 コベントガーデンにあるカルペパーハウスやニールズヤードに足をはこぶと、ハーブとアロマセラピーの香りが交差した空間で静かなブームが数世紀つづいているような満たされた感覚にひたることできます。こうしたイギリス独特の歴史的背景を感じさせる雰囲気づくりに旅人は魅了されます。
 ドイツから伝わったホメオパシーやロルフィングも定着しており、老舗の補完代替医療クリニックでは多種多様なセラピーが受けられます。弦楽奏者や指揮者がアレキサンダーテクニックのセラピストを兼ねている場合もあります。
 一般に食生活に関心の低いイギリスですが、ローフードやオーガニックフードは菜食主義者などの固定客に支持されています。残念ながら近年の暴動による治安の悪化、経済恐慌で先行き悪化とイギリスは悪化の一途をたどり、当時街を歩いていても階級制度の名残りからか貧富の差が激しいというのが外国人のわたしの目にも明らかでした。
 実際セラピーどころではない国民も数多いということです。ついでにフランスですが、ご存知のとおり、パリなどの都心部や郊外の観光地では英語が通じますが、ラテン民族のよさは郊外に出て人々と接してみないと味わえないためフランス語は必須であり、居住経験があるなどしてこの言語に堪能でなければ出張による商取引は別にして、長期滞在や就労はかなり困難とみます。
 最近のフランス経済の動向はさておき、言語問題や治安問題も顕著であることから、現在のところ補完代替医療分野において参入障壁の高い国という印象です。
つづいて1999年より2010年まで居住した健康意識の高いオーストラリアにおける補完代替医療の現状についてです。天然資源豊かなオーストラリアの経済は良好で安定しており、世界一住みやすい先進国として知られています。
 2000年にシドニーオリンピックが開催された当時の街には統合医療クリニックが目につきました。時が経つにつれその数は減りましたが、視察したところ、経営手腕などの因子も関与しているようです。発展の途上にある統合医療に反して、オーストラリアの補完代替医療にはそこそこ歴史があり、定着した人気をみせています。
 オーストラリア政府の支援のもと、以前よりこの分野の療法にはプライベート健康保険が適用されています。これは日本のセラピー分野と大きく違う点です。自然療法の教育も盛んで高等教育として市民権をえており、年々セラピスト人口は増加傾向にあります。
 大手セラピスト認定機関の運営もスムーズにおこなわれ、毎年セラピストはメンバーシップの特典を利用し、これを維持するためにスキルを磨きます。オーストラリアのこの業界の利点は、のんびりした国民性にもかかわらず、定期的なフィードバックにより必要に応じて改善策をとるところです。2010年に中医は国家資格に格上げとなり、それにともない自然療法士やハーバリストなどの国家資格免許制導入への動きもますます高まってきました。
 1999年に渡豪したわたしはアロマセラピストとして、ホスピスではなく補完代替医療クリニックや老人ホームなどで働きはじめました。その後医学的知識をさらに身につける必要性を感じ、健康保険適用対象となる自然療法士になるための勉強をはじめました。
 2000年頃のオーストラリアでは、補完代替医療の分野にいるセラピストが研究に携わることはほとんどありませんでした。当時論文のデータというものは、セラピストにとって毎朝目をとおす新聞のような情報源として利用され、学生にはたんなる学習教材にすぎませんでした。研究は完全に科学者の仕事だったのです。
 学生として補完代替医療分野の論文にふれる機会が増すにつれ、統合医療を根づかせるには、自然療法であつかう薬草や栄養素の化学成分や効能などの科学的および医学的検証にもとづいた、EBMの世界は避けてとおれないという認識が強まっていきました。
 セラピー分野から誰かが階段を上らなければと感じました。今にして思えば、もともと文系だった自分にとって無茶な決断です。決して能力を過信していたわけではなく、使命感だけが原動力となっていました。
 博士課程をめざして勉強をはじめた三年後、自然療法士の資格を生かし成人枠で日本の国立大学医学部編入への選択があると知り、一時はそれも早道ではないかと考えました。そうすれば日本に一時帰国することになりますが、ふたたびオーストラリアに戻り医師として就労するために医師免許書きかえの試験に合格するのは最大の難関であることもわかりました。
 費用なども検討した末、オーストラリアに残り、当初の予定どおりセラピストの立場から、統合医療という補完代替医療と西洋医学の間に橋渡しをするため二つの修士課程に進みました。
 補完代替医療のホリスティックアプローチと西洋医学の対処療法の間に接点を見いだすには医学検証は不可欠です。補完代替医療分野の論文に掲載された、個々の症例から二重盲検法に至るまでの臨床研究を比較するうち、それまでの科学者のみで構成された研究チームによりおこなわれた既存の研究に疑問を感じるようになりました。
 もちろん研究には膨大な時間や費用、エネルギーなど費されているのですが、補完代替医療分野の研究成果をあげるためにかんじんな「ギャップを埋める作業」が不十分なのです。よく見受けられる問題点は、量的アプローチだけをもってセラピーの効果を測定し、成功か失敗かを結論づけてしまうところです。
 被験者の立場をそれほど重視せず倫理観に欠ける研究も実際には論文として出版されています。しかしながら高齢者やがん患者などを対象とする場合、研究手段を選ぶ際には細心の配慮が求められるべきなのです。たとえばQOL向上や傷みのコントロールを知るための研究では、侵襲性を有する研究手段に頼らず質的アプローチを重んじ,患者本人のみならず患者の家族へのインタビューなどを測定要素とするのも一つのやり方だと思います。
 その際、必要なら独自のスケール(測定器)を開発やスケールに頼りすぎるとセラピーの効果を十分に反映できない可能性が生じるからです。
 高等教育機関では過去の研究の利点と欠点を洗い出し、今後の研究でより高い成果をあげるためには、どうすればギャップを埋められるかをたびたび議論しました。過去において、量的研究からはじき出された統計的数字だけが「結果」として受け入れられていた常識ともいえる概念が次第にくずれてきたのです。
 その点からみて過去10年間というものは、補完代替医療の変遷期といえるかもしれません。EBM量的研究と質的研究のバランスが問われるようになったのです。この分野の研究における科学者は、現場経をもつセラピストに協力を求め、セラピストはデータ解析の専門家である科学者の手を借り、互いがアイデアを出し合い、ひいてはいくつかの専門分野の包括したチームでおこなうのが理想だと思います。
 質的アプローチにより生まれる柔軟性というものが、セラピーの真価をはかるための重要な要素といえるかもしれません。二重盲検法を臨床実験の最終段階とみなすこれまでの価値観をそろそろかえてもよいのではないでしょうか。癒しとは何か、癒されるのは誰なのか、という素朴な疑問に返ればよいのです。あきらめずにいれば、新しいセラピーの研究への道が開けるかもしれません。
上述した海外事情をふまえ、オルゴール療法の医療導入を視野に入れた今後の展望について現段階で提案できることの一つに、国外での事業展開があげられます。ここで具体的な事業計画の提示はいたしませんが、海外におけるオルゴール療法の普及活動および臨床症例データ収集は、この療法の医療導入への足がかりとなるものと思われます。
 一人では微力すぎて何かを成しとげるのはとうてい不可能ですが、現役セラピストとしての視点を生かし、少しでも疾患に苦しむ方々のお役に立てるよう、より多くの方々にオルゴール療法の真価と恩恵をお伝えできるよう日々精進できればと願っております。初心を忘れず、お一人でも多くの賛同者とご縁がもてるよう努めてまいりたいと思っております。
 末筆になりますが、オルゴール療法を発見され研究所を創立していただき今日まで研鑽を積まれた佐伯所長、三日間の講座をとおしてきめ細やかなお心くばりをいただきました奥様、ならびに東京本部のスタッフのみなさまに深く感謝を申し上げます。
 大変実り多い三日間となりました。またオルゴール療法研究所横浜支部のみなさまの、お一人おひとりのあたたかい励ましに支えられ今日に至ります。佐伯主任をはじめ、セラピストの阿左美先生、そして櫻先生にこの場を借りて心よりお礼を申し上げます。  2013年 6月 Y.M.さん