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HPでオルゴール療法を見つけた日はそれだけで一日中大泣きしました。S.A.さん

☆10代

膝関節炎  両膝とも関節炎と言われ、水を抜く治療を繰り返すがあまり改善なし。1972~3 ( 17才)

頭痛    ひどい頭痛に悩まされ、いろいろ検査したが原因不明。このときからサングラスを常用するようになる。1973~5 (18~23才)

貧血    以降ずっと。

☆20代

腹痛     ひどい腹痛で22才の時、入院・検査。大腸検査から卵管の検査まで行うがよくわから       ず。

半月板異常 入院・検査。右半月板の位置が異常、正常な位置に固定する手術をすると言われ         逃げる。

子宮激痛  入院・検査。原因不明。

流産     24才で結婚、26才で第1子出産、その後流産を繰り返す。

右手腱鞘炎 手術、断裂していた腱を縫い合わせる。1981 (26才)

☆30代

甲状腺腫   右甲状腺腫瘍の疑いで入院・摘出手術、投薬。1986(31才)

(腰)椎間板ヘルニア  手術を勧められるが、放置。

パニックうつ症状

・閉所へはいったり、電車に乗ったりすると極度に心身ともに具合が悪くなるという状況が2年ほど続く。

・仕事上の人的トラブルによる極度のストレスで心身ともにダウン。自傷、睡眠障害、情緒不安定でかなり強い向精神薬を処方される。無気力状態が続く。

花粉症    1994年頃発症。だんだんひどくなる。

☆  40代

乳がん    左乳(温存)、左腋下リンパ節摘出手術、抗がん剤、放射線治療。                  2000.12~2001.8 (45才)

リンパ浮腫

交通事故により脳挫傷  右側頭葉、前頭葉、急性硬膜下血腫で入院、手術回避。2003.2~3

右中指・薬指挫傷    裁断機で爪ごとそぐ。  2004.4

頚椎症性脊髄症          2003.8~

☆  50代

右半月板損傷    炎症。 事故の影響かといわれる。2009.7~

右手指第2関節剥離骨折 2009.9~

【オルゴールとの出会いから】

2005.9/24    夫が新聞で元町のオルゴールコンサートのことを見つける。

9/28    一日中、ネットでオルゴール療法について調べ、コンサートの予約を入れる。

9/30    初コンサート体験。

10/01  個別療法。

10/12    グループ療法初参加。ローズ購入(2006.1.29    ローズ着)

10/20    レンタルオルゴール「アーム」が届く

この頃は、ガンの治療による副作用等は大分落ち着き、脳自体の損傷による後遺症はでないまま、安定していた。だが、頚椎の不具合による症状がいろいろでてきて頚椎症性脊髄症と診断された。

事故後より変わらず、熱(常時37.5℃ほど。平熱は35℃ぎりぎりだった) ひどい頭痛と吐き気、首、肩のひどい痛み、右手指、肘の痛みに悩まされていた。仕事中も頚椎ベルトを常時着用。極力横になる時間をとるように言われながら、それもできず働き続ける。

スーパーの棚の品物を眺めたり、駅の通路で激しい人の流れなどに会うと、「目が固まる」感じで気分が悪くなるなどの症状が続く。9月には右乳房にも影がでて細胞診等検査を受けていた。左乳房術後5年目でリンパ浮腫が出始めた。整形外科や接骨院にて月10回ほどのリハビリを受け、月1回がんセンターに浮腫治療や検査に通う日々だった。

仕事は忙しく、日々の睡眠時間は2~3時間。すぐ疲れてしまい、気管支炎などにもかかりやすくなっていた。毎年2月下旬~5月ごろ、9月は毎年のことでひどい花粉症に悩まされていた。いつも、全身が痛く、疲れきっていた。痛みのない日はなく、医師が投薬を指示しても一切、拒否していた。

初めてグループ療法に参加したとき、身体が温かくなり、脳が揺れる感覚があり、涙と唾液が(特に涙)がたくさん出た。また、右腕に関してはリハビリで行っている治療と同じラインに同じような刺激・・・

血管があわ立ち、筋肉なのか、神経なのか、びりびりとするような・・・を感じた。同時に心がホーっとして長年のつらさを我慢してきた緊張がほぐされるような気がした。

☆グループ療法

2005.11/18、12/9、 12/19

2006. 2/1、2/16、4/28

左腕とその周辺、むくみ、 左右の腕から手首にかけての痺れ。右足、膝裏痛み。腰痛。右中指痛みが続く。

5/25

継続的な施療が必要という診断書を研究所より出していただき、県に提出するが認められず。ドクターの診断でなければ治療とは認められないとのこと。

5/27、6/9、8 /1~8/4、8/6

特に8月に連続で通ったグループ療法では、手指のあたたかさ、全身のあたたかさ、右手のぴくぴくという痙攣、涙がたくさん流れるという現象が続けて起きる。8/6は療法直後、全身がしびれてしばらく立てなくなった。この療法が心身両方共に与える効果が大きいことを実感。

8/18、8/20

療法中、すごく汗をかき、左半身が丸ごと痺れる。同時にずーっと痛みのひどかった肩の軽さを感じた。付き添いで参加した息子は、療法開始直後より、深い眠りに落ち、いびきをかいて塾睡。

9/1、9/15

頭痛、吐き気に耳鳴りが加わり、仕事中に倒れる。後頭部を強打したため、救急車で運ばれ、検査に入る。 脳波等異常なし。

11/24、12/8、12/11

リンパ浮腫は重症化していないが、着圧スリーブとストッキングの使用を指示される。首も手も脚も締め付けられて苦しい気持ちになる。

2007. 6/29、7/14、7/24

この年は1月より腰椎椎間板症と発熱(常時37.5℃位)に悩まされる。

8/9~8/11、8/24、9/21

腰痛で立てなくなり、主人が付き添い、車で療法に通う。

10月にはリハビリも月に3度くらいしか通えず、首から背中への痛みがひどくなる。

整形外科のドクターより、『頚椎も相変わらず、脊髄も少しつぶれていて悪いね。70才頃には動けなくなるだろうから、そうしたら手術するしかないね。あとはやれることはないので痛みがひどければ薬を飲むしかない』と言われる。握力 右8kg、左15kg

2008. 1/1、2/4

左乳がん術後の傷の痛みがひどい。2001年の抗がん剤・放射線治療後、触ってもあまり感覚がなかったので、皮膚の?感覚が戻ってきたのだろうと、ちょっと嬉しい。

この頃、いつも健康そのもので元気だった母(78才)が転んで坐骨神経痛が出てしまい、全く立てなくなる。数回のブロック注射でしのぐ。父(85才)の肺気腫が少しずつ悪化。苦しくて歩けないほどになる。医師と相談の結果、酸素ボンベを使わなくていいようにと吸入の薬が強くなる。定期的に喘息止めの点滴を行う。苦しいのであまり動かずほとんど座って暮らしている。

6/13、7/18、8/9、8/10、8/20~8/22

母は痛みがひどいため、座薬、抗うつ剤を服用。二人の通院と介護が続き、10月以降、自分のリハビリは全く通わなくなる。仕事も忙しく睡眠は日々1~2時間。9月になり、母が少し動けるようになった頃に、二人そろって家の数段の外階段から道路へ落下。母は肋骨三本を折る。父はおでこを5針縫う。大事に至らなかったのは幸いだった。だが、あちこちへの通院が続く。母は身長が7~8cm近く、体重は10㎏も減る。父は9月になり、肺に水が溜り、肺炎、胸膜炎と診断され、検査が続く。母は血圧が高く、高圧剤も飲むようになる。

自分は10月中旬から下旬にかけてガンの転移検査のフルコース。先生から「8年経ったね。もうほぼ大丈夫といってあげたい。免疫も上がっている。体温も血圧も、血液検査も問題なし。」とのこと。自分でもがんに関してはもう大丈夫だと思える。35℃ぎりぎりだった体温が、常時35.8℃位に上がっているし、あの頃の何だかわからないだるさや微熱もなくなった。

12/12

相変わらず、首、肩、両手先までの痛み、むくみ等で悩む。関西でオルゴール療法を実施している病院を訪ねて診断を受けたいと佐伯主任に相談。

12/24、12/25

所長、主任と共に大阪みどり病院の治療日に受診。院長先生と話。診断書は「検査、経過を十分観察しなければ出せない。通院も無理だろう。」と言うことで血液検査のみ実施、療法に参加する。

2009.1/6、2/7、2/13

激務が続き、睡眠はあまりとらず(睡眠障害ではない)、働き続ける。

痛みはひどく、薬も飲まず、毎年のことで花粉症らしき症状が出始める。花粉症の薬はもらうが、 1週間ほどでやめる。

2009.3/31  退職

4/28

アンティーク注文。両親用に。母は就寝前は勿論、腰に当てて聞いたり、足を乗せて聴いたりしている。腰の痛みはかなり改善。高かった血圧も安定(降圧剤の量も減らすことができた。)最近では安定剤を飲まなくても大丈夫という気分になり、昔のような活動的な生活を取り戻しつつある。月2回のマッサージ時は、マッサージ師さんの指示でオルゴールをかけながら行っているそうです。

父は肺気腫で、呼吸が苦しく、日中ほとんど居間のソファに座って暮らしていますが、隣に座って母がオルゴールを聞くときは一緒に聞いている状態です。時折、自分でねじを巻いていることがあるそうです。喘息のような軽い発作が時々起きて、数日点滴をすることがあるのですが、少し症状が安定し、この間隔が長くなっているように思える。

5/13~17、28        6/9、11、12, 18

6/26~28 大阪にてオルゴールセラピスト講座を受講。

自分ではいつも元気なつもりで、病気もけがもその時々にならねばならぬ理由(原因ではなく)があるのだろうくらいに思っていますが、自分の病歴を並べてみると結構ぼろぼろですね。身体に気をつけたことはない・・というのが本当のところでしょうか。いろいろな人と出会う中でいつも楽しくやりたいことがいっぱいあるからです。

手術やら入院やら繰り返す中で、それぞれのドクターがその時々よく診てくださり治療してくださったのですが、いろいろな症状、病気が重なっていくにつれて、「誰かまとめて私の状況をみてどうしたらいいか教えてほしい。手術して退院し、‘病人’ではなくなった時の生活が本当にきつくて不安だから。」という思いが強くなりました。病気やけがのことを話して情報交換したくても、入院生活を共に過ごしてきた信頼すべき「癌友」や主治医までもが次々と亡くなってしまいました。

交通事故のあとは『壊れたものはもとにはもどらない。痛みや後遺症とは上手につきあっていかなければならない』と言われています。私の場合こちらがいいと思えばまたあちら、と心身が完全に健やかで痛みのない日は一日もありません。

こんな中でたまたま夫が新聞でオルゴールコンサートの記事を見かけてその話をしてくれました。HPでオルゴール療法のことを見つけた日はそれだけで一日中大泣きしました。大好きなオルゴールで副作用も痛みもない!!すぐに元町へ行き、オルゴールの持つ・・・何だかわからないけれど・・・すごさを実感して今日に至っています。体調のせいで、手元のローズもホワイトローズも定期的に聞けているわけではないのですが、日々の激痛にもかかわらず心身共にゆるぎない安心感に満たされています。

気が付いてみれば20代から悩まされ、事故で脳の損傷以来さらに激化していた頭痛が今は全くと言えるくらいないのです。しつこくひどかった花粉症が特に今年はほとんどでませんでした。

もっと大きいのは体温が上がり安定したことです。ずっと35℃位だった体温が癌の手術後、事故後には37.5℃~38℃に上がりっぱなしになっていたのですが、今は36℃位になりました。

どこか痛いところがあればそこに(頸椎、右腕、左胸、腋、背中、腰、膝)直接オルゴールをあててきき、瞬間の激痛に耐えつつ翌日は少しすっきりするというプロセスを繰り返しています。療法を受けている時も全身の痛いところに「痛みがたまる」のですが、これが良いことと今は思っています。

オルゴールを抱いたり、頭や脚を乗せたり、いろいろ試しながら自分の痛んだ身体がどう反応するかを楽しんで観察しているところです。

ただ一つ、「私の状況をみて、オルゴールがまとめて面倒をみてくれている。大丈夫。」というゆるぎない安心感が今はあり、これがかつて闘病中にいつも自分が求めていた答だなと思っています。

受けねばならぬ検査や治療を受けつつ、オルゴールの響きの美しさに、人の身体は勿論、心に満ちてくる不思議なほどの力を実感し、その可能性の限りなさを思って幸せな気持ちで今は生きています。    2009.9.30     女性 S. A  さん

コメント:

この方の病気との壮絶な闘いを観て、どんなコメントが書けるでしょうか?ご本人の言葉に『私の状況をみて、オルゴールがまとめて面倒をみてくれている。大丈夫』『これがかつて闘病中にいつも自分が求めていた答だと』そして『その可能性の限りなさを思って幸せな気持ちで今は生きています』と締めくくられています。現在、横浜のオルゴールセラピストとして、毎日オルゴール療法の実践をされ多くの方の病気の改善に尽力されています。まるでこのお仕事をするために信じられない程の病を罹患されたかのように・・・