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10代から50代の間に、癌や交通事故、激痛などさまざまの症状に苦しみました 私は、10代から50代の間に、癌や交通事故、激痛などさまざまの症状に苦しみました

              
10代、両膝関節炎で水を抜く治療の繰り返し、原因不明のひどい頭痛、 貧血。

20代、ひどい腹痛で入院、半月板位置異常で入院手術を断る、子宮の激痛入院原因不明、26才で第1子出産後、流産を繰り返す、右手腱鞘炎手術、断裂の腱縫合。

30代 甲状腺腫瘍摘出手術、腰痛、椎間板ヘルニア手術を放置、パニック、うつ症状、閉所や電車で極度の心身不具合が2年間。人間関係のトラブルで極度のストレス、自傷、睡眠障害、情緒不安定に向精神薬を処方、無気力状態続く、花粉症。

40代 乳がん発症して左乳温存手術、左腋下リンパ節摘出手術、抗がん剤、放射線治療、リンパ浮腫、交通事故で脳挫傷(右側頭葉、前頭葉)、急性硬膜下血腫で入院、中指、薬指挫傷 (裁断機で爪ごとそぐ) 頚椎症性脊髄症。

50代 事故の影響による右半月板損傷、右手指第2関節剥離骨折 

オルゴールとの出会い 夫が新聞で元町のオルゴールコンサートのことを見つける。 一日中、ネットでオルゴール療法について調べ予約。初コンサート体験、個別療法、グループ療法初参加。ローズ予約1.29 到着、レンタルオルゴール「アーム」届く。

ガンの治療による副作用等は落ち着き、脳自体の損傷による後遺症は安定していたが頚椎の不具合による頚椎症性脊髄症と診断される。

事故後より、体温は、35℃~37.5℃で、ひどい頭痛と吐き気、首、肩のひどい痛み、右手指、肘の痛みに悩まされていた。仕事中も頚椎ベルトを着用。極力横になるように言われながら働き続ける。

お店の棚の品物を眺めたり、駅の通路で激しい人の流れなどに会うと、「目が固まる」感じで気分が悪くなるなどの症状。9月には右乳房にも影がでて細胞診等検査を受けていた。左乳房術後5年目でリンパ浮腫が出始めた。整形外科や接骨院にて月10回ほどのリハビリを受け、月1回がんセンターに浮腫治療や検査に通う日々だった。

仕事は忙しく、1日の睡眠時間は2~3時間。すぐ疲れて、気管支炎にかかりやすく、毎年2月~5月、9月は、ひどい花粉症に悩まされる。全身が痛く、疲れきって、痛みのない日はなく、医師が投薬を指示するも拒否していた。

初めてグループ療法に参加したとき、身体が温かくなり、脳が揺れる感覚があり、涙と唾液が沢山出た。右腕に関してはリハビリで行っている治療と同じラインに同じような刺激・・・

血管があわ立ち、筋肉なのか、神経なのか、びりびりとするような・・・を感じた。同時に心がホーっとして長年のつらさを我慢してきた緊張がほぐされるような気がした。

2005年11月からグループ療法、左腕のむくみ、左右の腕から手首にかけての痺れ。右足と膝裏の痛み。腰痛。右中指の痛みが続く。

継続的な施療が必要という診断書を研究所より出すも、ドクターの診断でない為に県が認めず。

特に8月に連続で通ったグループ療法では、手指のあたたかさ、全身のあたたかさ、右手のぴくぴくという痙攣、涙がたくさん流れるという現象が続けて起きる。療法直後、全身がしびれてしばらく立てなくなった。この療法が心身に与える効果が大きいことを実感。

療法中、すごく汗をかき、左半身が丸ごと痺れる。同時にずーっと痛みのひどかった肩が軽く感じた。

9月、頭痛、吐き気に耳鳴りが加わり、仕事中に倒れる。後頭部を強打したため、救急車で運ばれ、検査に入る。 脳波等異常なし。                           10

11月、リンパ浮腫は重症化してないが、着圧スリーブとストッキングの使用を指示される。首も手も脚も締め付けられて苦しい。

2007年6月、この年は1月より腰椎椎間板症と常時37.5度の発熱に悩まされる。

8月、腰痛で立てなくなり、主人の付き添い、車で療法研究所に通う。

10月にはリハビリも月に3度くらいしか通えず、首から背中への痛みがひどくなる。

整形外科より、『頚椎も変わらず、脊髄も少しつぶれていて悪いk70才頃には動けなくなるだろうから、そうしたら手術するしかない。あとやれることはないので痛みがひどければ薬を飲むしかない』と言われる。握力 右8kg、左15kg

2008年1月、左乳がん術後の傷の痛みがひどい。2001年の抗がん剤、放射線治療後、触ってもあまり感覚がなかったので、皮膚の?感覚が戻ってきたかと嬉しい。

この頃いつも健康そのもので元気だったが78才の母が転んで坐骨神経痛が出て、立てなくなる。数回のブロック注射でしのぐ。85才の父の肺気腫が悪化。歩けないほどになる。医師と相談の結果、酸素ボンベを使わない為の吸入の薬が強くなる。定期的に喘息の点滴を行う。苦しいので座って暮らしている。

6月、母は痛みがひどいく、座薬、抗うつ剤を服用。父母の通院と介護が続き、10月以降、自分のリハビリは通えなくなる。仕事も忙しく睡眠は1~2時間。9月になり、母が動けるようになった頃に、二人そろって家の数段の外階段から道路へ落下。母は肋骨三本を折る。父はおでこを5針縫う。大事には至らなかったが、あちこちへ通院が続く。母は身長が7~8cm近く、体重は10㎏も減る。父は9月になり、肺に水が溜り、肺炎、胸膜炎と診断され、検査が続く。母は血圧が高く、高圧剤も飲むようになる。

自分は10月中旬から下旬にかけてガンの転移検査のフルコース。先生から「8年経ったね。もうほぼ大丈夫、免疫も上がっている。体温も血圧も、血液検査も問題なし」とのこと。自分でもがんに関してはもう大丈夫だと思える。35度ぎりぎりだった体温が、常時35.8℃ 位に上がっているし、あの頃のだるさや微熱もなくなった。

12月、相変わらず、首、肩、両手先までの痛み、むくみ等で悩む。関西でオルゴール療法を実施している病院を訪ねて診断を受けたいと佐伯主任に相談。

2009年1月激務が続き、睡眠はあまりとらず(睡眠障害ではない)、働き続ける。

痛みはひどく、薬も飲まず、毎年の花粉症の症状が出始める。花粉症の薬は1週間ほどでやめる。2009年3月退職                                

母は、就寝前は、腰や足に聴いたりしている。腰の痛みはかなり改善。高血圧も安定して降圧剤の量も減らせている。安定剤を飲まなくても大丈夫で、以前の活動的な生活に戻りつつある。マッサージ師の指示でオルゴールをかけながら行っている。

父は呼吸の苦しい肺気腫で、日中は居間のソファに座って暮らしているが、隣で母がオルゴールを聞くときは一緒に聞いている。時折、自分でねじを巻いていることがある。喘息のような軽い発作が時々起きて、数日点滴をすることがあるのですが、少し症状が安定し、この間隔が長くなっているように思える。

6月 大阪にてオルゴールセラピスト講座を受講。

自分ではいつも元気なつもりで、病気もけがもその時々にならねばならぬ理由(原因ではなく)があるのだろうくらいに思っていたが、自分の病歴を並べてと結構ぼろぼろ。身体に気をつけたことはない・というのが本当のところだろうか。いろいろな人と楽しく、やりたいことがいっぱいあるから。

手術や入退院を繰り返す中で、ドクター達がその都度診て治療頂いたが、症状、病気が重なっていくにつれて、「誰かまとめて私の状況をみてどうしたらいいか教えてほしい。手術して退院し、‘病人’ではなくなった時の生活が本当にきつくて不安だから」という思いが強くなった。病気やけがのことを話して情報交換したくても、入院生活を共に過ごした「癌友」や主治医が次々と亡くなっている。

交通事故のあとは『壊れたものはもとにはもどらない。痛みや後遺症とは上手につきあっていかなければならない』と言われている。私の場合こちらがいいと思えばまたあちら、と心身が完全に健やかで痛みのない日は一日もありません。

こんな中で、夫が新聞でオルゴールコンサートの記事を見てその話をしてくれて、ホームページで副作用も痛みもない!オルゴール療法を見つけた日は、それだけで一日中、大泣きをしました。すぐに元町へ行き、何かわからないけれど、オルゴールの持つ、その凄さを実感して今日に至っている。体調のせいで、手元のローズもホワイトローズも定期的に聞けているわけではないが、日々の激痛はあるが、心身共にゆるぎない安心感に満たされている。

気が付いてみれば20代から悩まされ、事故で脳の損傷以来さらに激化していた頭痛が今は全くと言えるくらいないのです。しつこくひどかった花粉症が特に今年はほとんどない。

もっと大きいのは体温が上がり安定したことです。ずっと35℃位だった体温が癌の手術後、事故後には37.5℃~38℃に上がりっぱなしになっていたのですが、今は36℃位になった。

頸椎、右腕、左胸・腋、背中、腰、膝など痛いところに直接オルゴールを当てて聴き、激痛に耐えつつ翌日は少しすっきりすることを繰り返しす。療法を受けている時も全身の痛いところに「痛みがたまるが、これが良いことだと今は思っている。

オルゴールを抱いたり、頭や脚!を乗せたり、いろいろ試しながら自分の痛んだ身体がどう反応するかを楽しんで観察している。

オルゴールがまとめて面倒をみてくれている、大丈夫。」という安心感があり、これがかつて闘病中にいつも自分が求めていた、「誰かまとめて私の状況をみてどうしたらいいか教えてほしい」その答だなと思った。

受けねばならぬ検査や治療を受けつつ、オルゴールの響きの美しさに、人の身体は勿論、心に満ちてくる不思議なほどの力を実感し、その可能性の限りなさを思って幸せな気持ちで今は生きる。 2009.9.30 女性 S. A さん

コメント:                                   この方の病気との壮絶な闘いを観て、どんなコメントが書けるでしょうか?ご本人の言葉に『私の状況をみて、オルゴールがまとめて面倒をみてくれている。大丈夫』『これがかつて闘病中にいつも自分が求めていた答だと』そして『その可能性の限りなさを思って幸せな気持ちで今は生きています』と締めくくられています。       
現在、横浜のオルゴールセラピストとして、毎日オルゴール療法の実践をされ多くの方の病気の改善に尽力されています。まるでこのお仕事をするために信じられない程の病を罹患されたかのように・・・