オルゴール療法研究所の紹介です。
1990年大阪府箕面市にオルゴール療法研究室を開設、各大学と共同研究で「オルゴールの脳波への影響」「高周波・低周波の測定」「アルファ波の測定」など検証、5つの医学会で発表。
2003年オルゴール療法研究所主宰。箕面、神戸・北野、横浜・元町で療法の実践を開始。
2004年箕面と北野の研究所をまとめて 大阪・梅田に本部を開設、現在大阪・梅田と横浜・元町で療法実践。
日本ホリスティック医学協会・専門会員。 日本音楽療法学会・正会員。「オルゴールは脳に効く!CD付」実業之日本社「オルゴール療法 原理と実践」著作
オルゴール療法への取り組み
作曲家小川正先生に長男の音楽教育に美しい音色を持つスイス製のオルゴール薦められたのが縁で、30年間オルゴール の研究を続けました。15年程前からスイスオルゴールが様々な疾患を治して 行くことに気がつきました。
大阪大学を始め、研究機関と共同で検証を進めて、5つの医学会で発表して 来ました。
そして、2002年の6月から世界に先駆けて、正式にオルゴール療法を始めました。
1日に平均10名の方がグループ療法に参加され、この4年近くの間に約10,000名の方に参加して頂き、その結果、 短期間に顕著な治癒例が上がったのです。
大阪府医師会報に推挙して頂く先生がおられました。国立の大病院の総長先生が当療法を 取り上げたいと言われました。
ある医師会の会長さんが、優れた療法です。我々の医療を超えるのではないかとも言われました。
それほど優れた症例が上がったのです。短期間の間に良くこれだけの治癒例が上がったと、ドクター達が驚かれるほどになりました。
薬を使わずに良くこれだけの疾患を改善したと驚かれていますが、むしろ薬を使わない自然の 治癒力を上げる手法だからこそ、かえって身体の病気に対する抵抗力が出来たのではないかと 思います。
『副作用のない療法がどれほど有り難いか』と痛みを解いた視床痛の方もおられます。
途方もない改善例が上がっています。物理的な効果であらゆる疾患に有効にもかかわらず、 生まれたばかりの療法の為に、多くの方に信じがたい思いをさせているのが現状です。
一度に信じて頂かなくて良いのです。今までに全くなかった良質の療法が誕生し、医療の常識を 少なからず変えるかもしれないと思って頂きたいのです。
そのお考えのゆとりが、この療法を大きく育て、いつの日かお役に立つ日が来ることでしょう。

PHOTO:オルゴール療法大阪研究所のセラピスト達
主任カウンセラー・島美代をはじめ、保健師、看護師
の国家資格を持ち,カウンセリングの経験も豊富です。
懇切丁寧をモットーに日々,電話やメールやファックス
で応対しています。
スイスオルゴールの出合いからオルゴール療法への歴史
須田泰行さんから素晴らしいご意見を頂いて
「スイスでオルゴールのことを訪ねたら『日本では佐伯貿易が窓口ですと教えられました』 日本でも,スイス政府が教えてくれました。
スイス政府が教えてくれた信頼感は大きなものでした。他ではまねができないほどの信頼感でした。
いろいろお付き合いしてはじめて解ったことですが,もっとオルゴールとの歴史を教えて下さい。オルゴールへの思いの表現をです。
こんな思いから活動が生まれ、その歴史の中でオルゴールコンサートが出発し,そこからオルゴール療法が生まれたことをもっと教えて下さい。オルゴールへの思いを語ってくださいませんか。』
オルゴールとの出会い
1970年 作曲家小川正先生から長男が生まれる時に『胎教にオルゴールが良い。スイス製ですよ。』と教わりました。
グループで欧州旅行の途中でスイスを観光旅行,その楽器店のウインドウスイス製のオルゴールを見つけて,大きなガラスケースの上で50弁のオルゴールを聞きました。
両手にひびいたオルゴールに感動しました。
世界一のオルゴールメーカー・リュージ社との親交
1975年 スイスリュージュ社製のオルゴールの素晴らしさに触れ、佐伯貿易商会を設立して日本で初めてリュージ社製のオルゴールの輸入を始めました。
やがてリュージュ社の当時の日本総代理店となりました。
その頃,スイス政府が日本で唯一の会社として紹介して頂いた歴史があります。
ギド・リュージ社長にお会いして
1978年 リュージ社を訪問,社長のギド・リュージ氏と初めてお会いして,自宅に招かれ,コレクションの全てをご夫妻で紹介されました。オルゴールに対するギドの熱い思いを知りました。
当社工房が良質の技術を維持している理由
リュージ社のオルゴール製造工場に毎年訪れるようになり,工場内部を詳しく何度も説明を受けました。
当時の最高の技術者から,製造行程や製造方法など教わるようになり,組み立てラインでピンの植え方やピンの抜き方や調律法など実際に手を取って教わりました。
現在,当時のリュージ社製のオルゴールの技術の高さや良質の音作りのレベルを教わったことが,現在の当社・研究所の工房の調整や修理などのアフターケアにおける技術の根源にあると思います。
ギド社長のオルゴールに対する良心を維持出来ている誇りを感じています
クリスマスオルゴールベルの制作に参画
クリスマスオルゴールコレクションベルの制作に参画。
ベルのデザイン上では毎年絵柄とベルベットの色の選定をまかされ,作曲家小川正先生とご一緒に選び、リュージ社に推薦,その実績から日本国内の販売を1975年(昭和50年)〜2004年まで独占的にまかされて来ました。
ギド・リュージ社長からの信頼
ギド・リュージは当時,日本の総代理店の私に、日本でのオルゴールの評価を訪ねられ新製品を出すときも意見を求められました。
リュージュ社訪問時には、工場の職人と意見交換の場を設けて、意見を求められました。
その為に多くのオルゴールに当社の意見が採り上げられました。その中に現在のオルゴール療法用のオリジナルのオルゴールがあります。
オリジナルのオルゴールをリュージュ社の協力で72弁だけでも7点、アルビノー二のアダージオなどオリジナル曲7曲が製作されました。
リュージ社のオリジナルオルゴール
オリジナル曲7曲を制作。その歴史があり、今日でも144弁のリストのラ・カンパネラなどスイスリュージ社と直接オリジナルオルゴールの製作が可能となりました。
スイスへ設計図を持参して,材質などの打ち合わせ,強い響きと美しい音色を求めて,スイスと日本をサンプルが何度も往復して,納得の行くオルゴールに仕上がるのに2年を要します。
オルゴールは音色と響きが命であるとの思いです。特にオルゴール療法では,透明さと自然倍音を持った美しさと響きの強さを重視します。
細尾美代志さんが長年ご希望でした“リストのラ・カンパネラ”がお陰様で良いオルゴールとして完成して感謝しています。
スイスオルゴール友の会の活動 ”オルゴールコンサート”
1975年にスイスオルゴール友の会を設立、オルゴールのファン創りを始めました。その一環でオルゴールコンサートを開始,2008年の暮れで1万回のコンサートを開催しました。
その為にオルゴールの魅力をもっと深く、知る必要に迫られました。美しい響きへの驚きや止まらない涙を見て、感動されるさまに触れることが原点でした。
大勢の方を音楽ホールで魅力をお伝えする難しさをどう克服するか工夫を加え、お話を交えたオルゴールコンサートへ発展して行きました。
スイスオルゴールに触れて感動してからこのオルゴールをどうしてお伝え出来るのか?が焦点になりました。
オルゴールの響きを伝える共鳴箱
オルゴールの響きを伝える共鳴箱の開発が行われ、その効果を手に触って伝えることが出来ることからよりオルゴーの魅力を伝えられると思いました。
NHKの音響の専門家に空間設計を依頼しました。私のギターの製造技術の知識が生かされ響きを上げる工夫が様々になされました。
空間設計に加え,木の材質,厚さ,金属の板やガラスの板を加え,500を超える製作の中から現在の共鳴箱が生まれました。
スイスのオルゴール博物館巡り
1980年から,スイスのオルゴール博物館を中心にオルゴール博物館・美術館巡りでスイスの文化に触れる会を隔年に開催。オルゴールのふるさと巡りを始めました。
スイスをはじめ、スエーデン、フランス、オランダのオルゴール博物館を隔年に継続訪問。作曲家小川正を団長にスイスの文化を尋ねスイスオルゴール友の会のオルゴールの情報収集に努めました。
オルゴール職人のオルゴールを作る思いを知ることも、スイスをはじめヨーロッパに広がるコレクターのオルゴールへの造詣に触れることも勉強になりました。
スイスのサンクロワ村にお住まいのマーシャルさんは、コレクターとして素晴らしい思い出を私に伝えました。
整然と展示された1階のコレクションに驚きましたが、地下のコレクションの中からこれだけはと“ピアノフォルテ”を聞かせた時に,音の立ち上がった瞬間を今も忘れません。
秘蔵のコレクションをひとに見せる自慢というよりも、もっと深い感情、やさしさをお顔に見せました。
スイスやドイツのオルゴールの修復に携わる職人の執念の様子も見ました。難しい修復,それでいて、楽しみ、慈しんでいる姿にも驚きました。
時間をけ、経験を積み、職人達は,多くの発見、工夫を凝らした自信と誇りを感じたのです。
そのような知識や感動にオルゴールの歴史や職人やスイスの音楽の地盤にあるヨーデルのお話なども交えたオルゴールコンサートが仕上がってゆきました。
1万回のコンサートは私たちの歴史であり、誇りともなりました。
日本アルプホルン愛好会を主宰
オルゴールのご紹介をはじめて,すぐにスイスの総領事からアルプホルンに興味はないか?と訪ねられました。
音楽には興味があり,スイスの民族楽器として有名なアルプホルンを日本でご紹介することに異存はありませんでした。
日本アルプホルン愛好会を主宰して,六甲山牧場でアルプホルンフェスティバルを開催,長野県安曇村からの要請があり,当時の環境庁が許せる,自然の秩序を乱さない音楽祭という基準でアルプホルンが選ばれました。
アルプホルンが中心になり,長く温めていた,スイスの山の音楽の出来るメンバーを選び,日本アルプス民族音楽祭を主宰することになり,夏の風物としてテレビ出演も各地で放映されました。
日本アルプス民族音楽祭の開催
スイスの民族音楽をご紹介する“アルプス民族音楽祭”を長野県安曇村一ノ瀬牧場、兵庫県六甲山、富山県館山をステージにスイスのヨーデル団を招待して長期に組織,主催しました。
毎年,日本の出演者が500名,スイスのヨーデル団が60名を超える年もあり,その結果,文化交流に尽力することになりました。
ヨーデルコーラスを組織,アルプホルン,チター,マンドリン,ヨーデルコーラス,民族舞踏・ダンス,などスイスの民族音楽を日本で紹介してきました。
“オルゴールコンサート”を全国で展開。オルゴールの歴史や職人やエピソードなどスイスの1面の文化をご紹介して,33年間に1万回,横浜を数えると1万5千回を達成し、スイスオルゴールの普及、認識を高めることになりました。
スイス政府から文化交流に対して感謝状を授与
スイスのオルゴール博物館巡りやスイスの音楽文化を紹介するアルプス民族音楽フェスティバルやオルゴール文化の紹介など,スイスと日本の文化交流の功績に対してスイス政府から感謝状授与されました。
根幹のオルゴール療法の誕生
オルゴールコンサートの中からオルゴール療法が生まれました。正にオルゴールの持つ新たな分野が開拓されることになり、オルゴールの効能を広げることに功績となりました。
オルゴール職人が営々と培った技術と感性とが融合したオルゴールに新たな働きが見いだされたことになりました。
身体の不調を整えることに携わることに、責任の重さを感じ、謙虚さも求められることになりました。
身体の不調が軽減された喜びを伝えられたときに,大きな喜びとなり,使命感のようなものが生まれました。
オルゴール療法用の機材の開発
オルゴール療法の効果を上げる為に、機材の開発や新たな療法用のオルゴールや曲目が加わりました。
1975年に作った共鳴箱に療法用の効果を付加した共鳴箱が開発されました。
更に効果を上げるセラピーボックス,オルゴールベッドなど,商標登録や特許申請がされました。
オルゴール療法の広がりを願う思いに賛同して頂く病院が現れ、地域に密着する認定オルゴールセラピストが生まれました。
身体の不調を改善し、病気にならない予防が出来て喜ばれる一方で、オルゴールに感謝し、オルゴール職人が高め伝えたことに思いを馳せることの大切さを改めて問うことになりました。
米国ライナス・ポーリング記念財団からアカデミア賞受賞決定
2011年 オルゴール療法に対して,ノーベル化学賞とノーベル平和賞のダブル受賞を果たしたライナス・ポーリング博士の功績は化学,医学界において大きな功績を遺されました。
遺された記念財団から,この度アカデミア賞の受賞が決定されました。
『あなたは、自然なひびきを持つスイスのオルゴールを使うことによって,脳幹を刺激するオルゴール療法を長年にわたって研究を成し遂げられました。
あなたの多数の臨床例と影響は、難病を含む病状の機能的な多くの回復を示しました。その成果を認めてアカデミア賞を授与します』
脳神経病理学の医学博士による検証を開始
2011年12月20日 脳神経病理学医学博士の検証が始まりました。
米国国立医学研究所から招請され,研究者のご指導をされる先生の検証は,毎月1回1年間の検証が継続されて,得られた症例は,米国の医学誌で発表される予定です。
詳しく(pdf版)
“オルゴールから“オルゴール療法への思い”へ
作曲家小川正先生や前大阪音大学長の西岡信雄先生などの集まりの中からオルゴールコンサートが始まりました。
その響きの魅力をお伝えすることからオルゴールセラピーが生まれました。皆様のお陰だと感謝の毎日です。。
オルゴールの魅力をお伝えする楽しさと難しさを乗り越えて、新たにオルゴール療法の理解をして頂く毎日です。
おひとりおひとりのご理解が大切に,感謝して日々精進,新たな療法を模索しています。
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