「外回りの営業は好きな仕事でした。スポーツが好きで大学時代はハンドボールやバスケットなど
部活動も
活発にしました。そのせいか、人と会うことは苦にならずむしろ好きなほうでした。10年前に
肉親を亡くしてから急に疲れやすくなり、これが倦怠感というのでしょうか、何をするのも
おっくうになり、心療内科で鬱病と診断されました。夜11時には床に着いて2時半には目が覚めます。
明け方までぐずぐずしていて、やっと眠たくなるという日々が続きました。
明け方起きにくいと今日もうま行かないという気分になり、そのせっぱ詰まった気持から、
やがてパニック障害を引き起こすようになりました。鬱病が進行してくると、車の中でひとりで過ごすことが多くなり気分がふさぎ、
なにもする気が起こりません。何とかしなければならないと思うのですが体が思うようになりませんでした。
その内ただじっとして過ごすか、眠っていたいという毎日です。
この正月は
5日間眠り続けて家族を心配させました。叔母が見かねて1月の初めにオルゴール療法に
連れて行ってくれたのです。
1ヵ月間自宅でレンタルして頂いたオルゴールを聞き続けました。初めの2週間は
オルゴールを聞くのも苦しく、おっくうな日が続きました。ところが最近、鬱病になる前の
感じに戻っているのです。寝付きも極端に良くなり、ぐっすり眠れるようになって、朝3時に目が
覚めますが、それから朝まで
深く寝て6時半に気持ちよく目覚めるようになりました。朝の目覚めが良くなると、頭が軽くなり、
以前のように、身体が元気になっています。気持ちも明るくなり、仕事に出るのにも苦にならなく
なったのです。以前馬に乗っていて落馬して後頭部を強く打って、それ以来骨がボキボキ鳴っていたのも
無くなっています。
オルゴールを聞き始めてから、1ヵ月が過ぎ、鬱病が解消しています。オルゴール療法を初めてから、
服用していたパキシルもセロトニンも1週間でやめました。日曜日、久しぶりにオルゴール療法を
紹介してくれた叔母と療法に参加しました。
鬱の症状が解消して元気になったので、今日は友人を連れて来ました。嬉しいです」
2004/2/20
「今普通の生活が出来るようになりました。身内のアトピー性皮膚炎もきっと良くなると思って
期待しています」 20歳代女性 神戸市 M.H.
症例9 鬱症状から脱却して 体験手記
「平成17年年初から、会社の人間関係が原因でうつ症状を感じるようになりました。
元来生真面目な性格な為落ち込んでいく自分を何とか奮い立てながら、生活を送っていました。
平成17年6月21日(火)妻へ宛てた調子が悪いことの詳細を伝えるメールです。
『今、会社にいることが一番辛い。だからといって辞める訳にはいかない。
しかし、仕事に集中できない。時計だけを目で追うだけの1日は長い。
辛く苦しい状況に追い込んだ原因であるA氏とは、
私がすること、言うことに全て否定する傾向にあり、私の発言を聞いてくれる訳でもなく、
何をどうさせたいかの指導もしないので、仕事の進め方が理解できないままコミュニケーションを取らせてくれない。
その結果A氏を生理的に受け付けなくなり、こちらから話かけられなくなった。
この状況から脱却するには、辞職か転勤しかなく転勤にしても私自身がこのような状態では、
何処へいっても迷惑をかけると考えてしまう。
家にいるときは平気なのに会社にくると調子が悪い。特に月曜日は全然気力がわかない。うつ症状は進行して
ふさぎこんでいると背中が痛くなり、胃も痛くなる。こんな自分がふがいなく情けなくなる。』
会社での平成17年7月上旬の心情メモ(1)
『仕事が満足にできないと思い込む→暇になる→集中ができない。
会社にいると「どこかへいきたい」「逃げ出したい」と思うが、何処へ行けばいいのかがわからない。/p>
帰宅すると安心するが、明日がくると思うのでまた辛い。転職したくても自分に自信がないから採用されないと決め込む。
会社以外でも文字を読むことがいやになっている。行動への発想が浮かばない』
会社での心情メモ(2)
『会社の中で話し相手がいない。勝手に孤立している。時間による解決は我慢できない。
親友である人にも冷たくされているようにも思える。』
その当時、うつ症状で孤立していた私が救われたのは、妻が全てを理解してくれ、会社でも周りのやさしく
接してくれる同僚がいたことが支えとなりました。それは後々のうつからの回復にも大きな影響を与えるものでした。
同年7月の健康診断で相談したところ心療内科の紹介を受けました。その心療内科では、特にカウンセリングもなく、
鬱病の薬を処方されるためだけに隔週通院することが自分の中で抵抗となっておりました。そんなとき妻がインターネットで
見つけたオルゴール療法を知り、同年11月頃オルゴール説明会に出席をしました。
当初、オルゴールについての知識はなにもなく、鬱病を改善する説明をされても理解していない状態のままで
なんとなくセルフ療法とグループ療法に通っておりました。
その当時のオルゴールを聞いたことによる実感は、聞いた後に身体が疲れ、のどの渇き、食欲がわくものでしたが、
うつ症状に対する効果は感じないままでした。
平成18年3月にうつ症状がピークを迎えたときに大学病院の精神科で診察を受け「適応障害」と診断されました。
それを機会に8ヶ月飲み続けた「抗うつ剤」を止め、オルゴール療法とカウンセリングを受けることにより改善させる決意をしました。
抗鬱薬を止めたことにより飲んでいた間に押さえられていた体の機能が開放される感覚がありました。
その後オルゴールの効果を体感する日々が増して行ったのです。
オルゴール療法の説明にもありますが、病気を治していく過程を次の尺度としたとき、
@症状が出ている時 A回復兆候を感じる時 B完治したなと思う時
私の場合、オルゴールを聞き始めて6ヶ月を迎えた頃から「回復兆候を感じる時期」を自覚し始め、
自律神経が整えられていく実感を得ました。時間を重ねていくごとに日々生活のリズムが良くなり、
ふさぎこむことしかできなかった考え方も影を潜め、表情もよくなったことで、周りの方から励まされることが
相乗効果となり、平成18年7月ごろには、自分に自信さえも戻ってきました。
多少の波はあるものの現在ほぼ完治したと思っております。
オルゴールを聞き始めて約1年かかりましたが、やっていることを信じて途中で投げたすこともなく、
自分に向き合えたことと身近な人の協力があれば回復できる病気だと思います。
現在新しい職場についたこともあり、心新たにしており、
これからも体調管理のため自宅とグループ療法でオルゴールと付き合って行きたいと思ってます。 東京都 男性 T.O.38歳 2007/08/10
症例10 鬱病、化学物質過敏症、電磁波過敏症を改善して 体験手記
「子供の頃から身体が弱く風邪ばかりひいていました。大学を卒業するまでは、大した病気もなく過ごしていました。
大学を卒業して会社に入社してから仕事上の緊張と上司に小言を言われ続けて半年で鬱を発症しました。
最初は寝てばかりでテレビも見られない状態でまもなく会社も辞めることにしました。
母と同じリウマチ性多発筋痛症を発症してリンデロンを1日2錠服用して、ムーンフェイスになり、コレステロール値も上がりました。
30歳になって対人関係のトラブルで鬱が悪化して薬が増えました。傷つくことを言われて耐えられませんでした。午前中はなかなか起きられず、
11時頃起きて昼ご飯をたべ、ビールを飲んでまた夕方まで寝る、という状態でした。
薬は2時間おきに1日6回も飲んでいました。生理前、生理後のヒステリーはひどくて『強い薬を飲んで寝ていろ』と言われました。
自殺願望もずっとあり、生きているだけで苦しかったのですが、薬で押さえて外出したり、自宅で家庭教師をしたり、テレビを見たり、
なるべく好きなことをしていました。
鬱もなんとかコントロール出来るし、リウマチも漢方薬で押さえられるから良くなったなあと思っていた、昨年の夏、蚊取り線香を焚いていたら
突然母と同時に異変を感じて化学物質過敏症を発症してしまいました。ピレスロイドという有機リン系農薬が入っていることを教わりました。
化学物質過敏症ご専門の名古屋の先生を紹介され、運動、入浴、発汗、食事などの治療法のご指導をを受けました。
スーパーで買っていたキャベツを食べてひっくり返り、それで1週間寝たきりになりました。もうだめだと思いましたが、
母と違い、私は他のものに反応せず、徐々に症状も取れてきたのでなんとなく過ごせました。
とにかくどうしたらいいか分からないまま、毎日鬱の症状と家事でフラフラでした。ついに電磁波過敏症まで引き起こしてしまいました。
電磁波のことをしり、なるべく家電は避けていました。テレビが見られるまでに回復していたのに、昨年12月に、ある大きな会館の中に
入った途端に劇的に悪化してしまい、瀕死の状態で帰宅しました。これに驚き何とかしなければと必死の思いでした。
携帯サイトと叔父の協力であらゆる情報を集めた中にオルゴール療法があったのです。資料を1月に取り寄せましたが、最初は信じることが
出来ませんでした。研究所の佐伯さんに電話して説明を受けて、これは効くのかもしれないと思い、オルゴールを取り寄せて、
とにかく始めることにしたのです。
オルゴール療法をはじめてから、うつが信じられないほど楽になり、化学物質過敏症の症状も全くありません。リウマチも漢方薬も
要らないほど楽になっています。
半年間、生理が止まっていたのに、まだヒステリーはありますが、ちゃんと来るようになりました。
オルゴール療法に出会えて本当に良かったと思っています。 2007年8月14日 30歳代女性 岐阜県 N.N.さん
鬱病が人間関係を大きな引き金にして発症した症例です。自律神経、ホルモンのバランスを崩して、抵抗力をなくし、
化学物質過敏症や電磁波過敏症を併発しました。環境からくる影響も大きな要因となり苦しめます。
最近、鬱,うつ病,鬱病,鬱症状が環境や生活習慣から強く影響されて起こる疾患で、特に電磁波のような血流障害を起こし、
生命の根源に至るような、取り返しのつかない悪影響を及ぼすものが根底にあるのだと、本症例からもでも、そうですが、
はっきり感じるようになりました。
症例11 つらい看病から笑顔の看病へ
「3年前の2007年4月躁鬱病の娘との同居が始まりました。まるで人が変わったような娘に大変驚きました。自殺願望が強く、自傷行為、大量服薬、感情の抑えられない言動で、たびたび救急車のお世話になりました。
これらは病気の症状で本人はまったく自覚がなく家族が傷ついていることを認知出来なくなっていて、『病を憎んで人を憎まず』の心で接しなければと理屈では分かっていても、昼も夜も気の休まることのない辛い日々でした。一番苦しく辛いのは病人の娘ですが・・・
幸いにも良き主治医に恵まれ少しずつ状況が安定して来ましたが、症状には波があり、また服用する薬も本来の症状を抑える薬、その薬の副作用を抑える薬、又その副作用を抑える薬と1日に21錠も服用していたときもあり、出口の見えない不安に心がすり減り、愛情が冷めて憎しみさえ生じて看病される側もしている側も共倒れしてもおかしくない状況の日々でした。
そんな時に『オルゴールは脳に効く!』日本オルゴール療法研究所の本に出会いました。この療法は脳幹を刺激して自然治癒力を高め副作用のない素晴らしいものです。娘を助けるのには、この療法しかないと確信いたしました。
2009年3月個別療法に参加してカウンセリングと療法の体験をいたしました。オルゴールの美しい音色と響きが、まるで乾いた土に水がしみ込んでいくように私の心と身体に入ってきました。そして、身体全体がふんわりと暖かくなりなんともいえない幸せ感がありました。
早速家でのオルゴール療法が始まりました。まず睡眠の深さに驚きました。娘のせいで、小刻みに夜中に起きざるを得ない状態にありましたが、あまり疲労感を感じないように徐々になりました。娘の状態も薄紙をはがすように変化が見られるようになり、まだまだ症状に波がありますが、少し余裕を持って看病出来るようになりました。いつの頃からか?笑っている私がいる、冗談言っている私がいることに気がつきました。
オルゴール療法に出会って1年が経過しました。娘を助けたい療法が私も明るく前向きに変化させてくれました。佐伯所長さん、オルゴール療法に感謝の日々を過ごしております。1ヶ月後2ヶ月後・・・1年後の娘と私に会うのを楽しみにしております。」 60歳代 B子さん 東京都
「原文のままをご本人のお許しを得て掲載させて頂きました。心の内をお見せになり、看病の苦しさを思って頭が下がりました。サポートする私たちも生半可な気持ちでは支え切れないことを改めて感じました。21錠の薬に驚かされます。『憎しみさえ、心に余裕を持てた、いつの頃から笑える自分がいる』と伝えています。これ以上「頑張って」という言葉が酷な励ましだとしても、心から応援したくなります。何でも言える、甘えられるお母さんが側にいて良かったです。
症例12 介護疲れ リウマチ うつ 脱毛 膝関節痛が改善され素晴らしいです
「08.6.10 軽いリウマチとうつがあります。個別療法を受けに行くことは出来ませんのでローズのカノンを購入して自宅療法することにしました。痛い膝を我慢しながら自宅と実家を往復して父母の介護を続けていました。
ヘルパーさんにも手伝ってもらっていましたがついにダウンしてしまいました。3年くらい寝込んでトイレと食事以外は寝ていました。入浴は週2回受診前日に入り受診は家族に送ってもらっていました。
2009.2.7 一生寝たきりで治らないかと思っていました。 最初3ヶ月半くらいはオルゴールの響きが体中響いて辛い音でしたので横に置いて聴いていました、1ヶ月半ほど前から聴くのが楽になり記憶が戻り、結婚した頃のことから家族のことなど駆け上がるように記憶が戻ってきました。
身体が楽になり12月中旬までひたすら家の片付けをするまでになりました。正月自宅に帰りましたが身体は大丈夫で、医師に言いますと『薬を止めよう』と言われました。顔の左右対称にある吹き出物(右拡張型血管症、左網目状)が改善しています。家族と話しているときや外出したときなど脳が反応していると感じます。
今まで聞こえなかった音も聞こえています。視力も良くなり老眼鏡が不要になり、鼻も味も感覚が良くなってきました。食後3回、就寝時、昼間は15分ずつ2〜3回聴いています。当初は5〜6時間多いときは8時間聴いていました。
10.5.26 オルゴール療法を始めて715日目。うつ状態だったのが改善されてきました。家の片付けが出来るようになり、どんどん改善して記憶が次々に戻ってくる体験が素晴らしかったのです。
30年くらい前のことから思い出せるようになって驚きました。脳をねじ上げられるような感覚で脳が何かをつかんだような感じでした。柔らかい飴を突き上げられるような感じで、眉間の奥が反応して熱くなってきます。
食後、胃の神経が反応しているのを感じ、足の指なども反応しているのを感じます。お尻の方が少しだけ痛くなり胃がおかしくなってその後痛みが無くなります。ありとあらゆる反応があります。日記を付けるようにしています。書くことによってしっかり記憶出来ています。
介護疲れ 家族関係 軽いリウマチ うつ 脱毛 膝関節痛 歩行困難などに苦しみ、本当に一生このままと思っていたのに、どんどん改善したので嬉しくて研究所にお話ししました。脱毛だけがまだありますが、こんなに身体の調子が良くなったことを多くの方に知っていただきたいと思っています。
1 鬱・うつ病と生活環境 家族の関係
鬱・うつ病患者の状況にもよりますが、鬱・うつ病患者自身が治そうと思えるきっかけとなるのは、家族や周りにいる人のことを信頼できていることです。
まず、鬱・うつ病患者の方に対し「いつまでもあなたの味方だから」「あせらなくていいよ」といった言葉で安心と安らぎを
与えてあげてください。
鬱・うつ病患者は、心が弱く、本当に自信をなくしているため、すぐに落ち込んだりします。どん底状態にならないように
予防するには話を聞いてあげることです。鬱・うつ病患者は夢中で話しているうちに自分の状態が冷静にわかるときがあります。
そのときには、相槌をうち、労いの言葉だけをかけてあげましょう。そうすることの繰り返しが鬱・うつ病患者のかすかな自信に
つながることになり、家族のためにも頑張ろうという気が起きてきます。以前のようになりたいという希望が目覚めるのです。
鬱・うつ病患者に対してやみくもにコミュニケーションを取ろうとしてはなりません。
タイミングを計って行いましょう。落ち込んでいると一人でマイナスなことを考えてどん底状態になります。
そんな時に声がけをしてあげましょう。どん底状態が続くと体調も悪化します。
そうするとどんどん孤立し、コミュニケーションを取りたくても取れない状況になります。
また、放っておかれると、自分の存在を否定する考えをおこすので観察していないといけません。
家族の役割は、鬱・うつ病患者を観察しつづけ、自主的に活動しようとする気持ちのときに手を差し伸べてあげることです。
決して批判と押し付けの提案はしてはなりません。
2 鬱・うつ病と生活環境 心の友人のあり方
鬱・うつ病患者を支えるには、家族が一番よいと思われますが、家族の鬱・うつ病への認識が違い、鬱・うつ病患者に
とってよくない場合は、友人が鬱・うつ病患者の方に対し「いつまでもあなたの味方だから」「あせらなくていいよ」といった言葉で安心と安らぎを
与えてあげてください。
鬱・うつ病患者は、心が弱く、本当に自信をなくしているため、すぐに落ち込んだりします。どん底状態にならないように
予防するには話を聞いてあげることです。鬱・うつ病患者は夢中で話しているうちに自分の状態が冷静にわかるときがあります。
そのときには、相槌をうち、労いの言葉だけをかけてあげましょう。そうすることの繰り返しが鬱・うつ病患者のかすかな自信に
つながることになり、友人のためにも頑張ろうという気が起きてきます。以前のようになりたいという希望が目覚めるのです。
鬱・うつ病患者に対してやみくもにコミュニケーションを取ろうとしてはなりません。
タイミングを計って行いましょう。落ち込んでいると一人でマイナスなことを考えてどん底状態になります。
そんな時に声がけをしてあげましょう。どん底状態が続くと体調も悪化します。
そうするとどんどん孤立し、コミュニケーションを取りたくても取れない状況になります。
また、放っておかれると、自分の存在を否定する考えをおこすので観察していないといけません。
心の友人の役割は、家族のように鬱・うつ病患者を観察しつづけることができません。
鬱・うつ病患者を思う気持ちが強ければ強いほど、直感が働く(SOSを感じる)と思います。
大変なことだと思いますが、鬱・うつ病患者を助ける一心で頑張ってください。
3 鬱・うつ病と職場 人間関係
会社・職場において人間関係が原因で鬱・うつ病になった場合、鬱・うつ病患者は、対象の人物とのかかわりを一切拒絶します。
原因を削除すること(環境の変化)もひとつの解決方法でありますが、気が弱っているときは、
変化を強制的に課すことで別の不安(ストレス)を作ることになります。
鬱・うつ病患者は、理解力が低下し、集中力もなく、根気がないため意欲が起こりません。好きなこと楽しいことへの発想がないため、
仕事に取り組めないまま、時間をすごしています。本当に安心して休暇を取得することが一番よいのかもしれませんが、
鬱・うつ病患者は、休暇を取ったところで又、職場に戻って来ることを悲観して考えます。
人間関係が原因での鬱・うつ病となった場合の対処方法のひとつとして、
鬱・うつ病患者も起因者も信頼をおける人を介して仕事をゆっくりと進めていくことにします。
人によって傷つき弱ってしまったものほど人とのつながりを求めているところがあり、信頼信用を
裏切られない状況であると鬱・うつ病患者が認識すれば、安心して職場に通えることになります。
4 鬱・うつ病と職場 配置転換
鬱・うつ病患者は、理解力が低下し、集中力もなく、根気がないため意欲が起こりません。好きなこと楽しいことへの発想がないため、仕事に取り組めないまま、時間をすごしています。本当に安心して休暇を取得することが一番よいのかもしれませんが、
鬱・うつ病患者は、休暇を取ったところで又、職場に戻って来ることを悲観して考えます。
だからといって辞める勇気もなく、会社からの提案で配置転換を提示もしくは希望される場合もあります。
鬱・うつ病のために配置転換の実施は環境変化という意味では有効かもしれませんが、
その場しのぎの面もあり、鬱・うつ病患者も変わったとたん又がんばりすぎて悪化する可能性が高くなります。
会社・職場における鬱・うつ病患者への対処方法として
1.治療に専念できる環境を作ってあげてください。
2.職場復帰が無理なくできるようにしてあげてください。
3.相談しやすい雰囲気を作ってください。
5 鬱・うつ病の接し方 言葉のかけ方
周囲の人の理解と温かな愛情が鬱・うつ病患者の回復を助けます。
鬱・うつ病の治療には、家族や職場の人たちの助けが必要となります。鬱・うつ病について正しい知識をもって、理解と愛情で支えてください。
鬱・うつ病患者さんに接する際には、次のことに注意しましょう。
鬱・うつ病患者さんと接するためのポイント
1.はげましは逆効果。温かく見守りましょう
”頑張りたくても頑張れない”これが鬱・うつ病の患者さんの悩みです。
そのため「頑張って」などいう励ましの言葉はよけいに鬱・うつ病患者さんを追い詰めます。
ただ、温かく見守ってあげることが何よりも励ましになるのです。
2.考えや決断を求めることはやめましょう
鬱・うつ病患者さん自身に決断を迫ることはなるべく避け、「夕食はカレーにしようか」などというふうに
、日常生活においてなるべくこちらから提案してあげるようにしてあげましょう。
3.外出や運動を無理にすすめずとにかくゆっくり休ませましょう
鬱・うつ病の治療の基本は休養になります。先ずはゆっくり休ませて、鬱・うつ病患者さんのこころやからだに溜まった疲れをとってあげるようにしましょう。
4.重要な決定は先延ばしにさせましょう
決断力が鈍って、優柔不断になっている鬱・うつ病患者さんに「仕事を休職するかどうか」というような大きな決断を迫るのは
鬱・うつ病患者さんを追い込みます。鬱うつ病患者さんが自分で決断するまでゆっくり待ってあげましょう。
5.家事などの日常生活上の負担を減らしてあげましょう
まじめで責任感の強いタイプの鬱・うつ病患者さんが多いために、病状が悪くても無理して家事などしようとしてしまいます。
なるべく家族の方が家事などの負担は減らしてあげるようにしましょう。
6 鬱・うつ病との接し方 思いやり
鬱・うつ病の患者さんは、ものすごい劣等感や精神的疲労に陥っているから
人にあって気をつかうことが苦痛です。
無理にあって話を聞こうとしたりすると逆効果になる場合もありますが、心の底では、
じっくり話を聞いてくれる人を渇望しています。
心のうちを話すとあまりにも否定的なことやひどい事ばかりになりそうで、
できれば手紙、メールなどで相手の返事を要しない手段で接する方がよいですが、接し方として
1.どんなときもあなたの味方であるということ。
2.いつでも話を聞くことだけでも自分にできることが有ればするので言ってほしいということ。
3.あなたの心の状態が回復するまでいつまでも待つし、支援するということ
を伝えることが具体的な思いやりです。
「こうしたほうがいい」とか「ああしてほしい」という今の状態を否定する励まし方よりも、今の状態を
「よく耐えている。立派だ。無理しなくていい。」というように今の状態を肯定する言い方をしてあげれば、
鬱うつ病患者さんは楽になります。
回復をせかすようなことはせず、1年でも、2年でも気長に付き合うつもりでやさしくメッセージを送り続けてください。
親兄弟、親友、女房をしのぐほどの厚い信頼となって返ってくるはずです。
|